僕は、マストラダム学園に通う召還学科の特待生。
召還に失敗続きで落第寸前の所を首の皮一枚つながっていた。
今はすこしだけ余裕が出来た。精霊を３種類まで召還出来るようになったんだ。

 

　すべては、この、ケータイデンワのおかげだ。
この特殊な触媒を使えば、僕でも精霊を呼び出すことが出来る。
でもその呼び出す精霊が問題だ。精霊にはおおざっぱに分けて
精神体と召還獣がある。精神体は、普通の人がイメージする精霊のこと。
風の精霊シルフや炎の精霊フロギストンなんかが有名かな。

 

　召還獣というのは、元素を司る力を持った異世界の生き物だ。
水の召還獣鯱とか大地の召還獣バジリスクなんてのがいる。
ちなみに、バジリスクを見ると石化するっていうのはよくある誇張された伝説。
ただ、体内の元素調和が崩れて石化状態になる場合があるってだけだ。
最近の魔法医学を使えばバジリスクの石化程度はすぐに治るからそんなに心配は要らない。

 

　そして、僕が使っている触媒、ケータイデンワで呼び出せるのは召還獣の方。
ただ、その呼び出せる精霊にはすごく問題があるんだ。

 

たとえばこんな風に。

 

「マスター、今日はボクの料理当番だね」
「ああ、そうだね」
「マスター、どうしたんですか？手が動いていないですよ？病気かなにかでしょうか」
「いや、まどか。そういうんじゃないけどさ」
「偏食はよくありませんよマスター」
「だからねマキ、よくそれが食べられるね…」
「食べ物をそまつにしてはいけません」
「マスター、にんじんアレルギーなの？」
「いや、卯月、にんじんはいいんだよ、にんじんは」

 

　説明しよう。
今、僕が召還できる３体、いやさ３人の召還獣と僕とは
食事中なんだ。

 

　僕の体調を心配した、羽の生えてる女の子が風の精霊のまどか。
偏食をとがめた、犬耳の女の子がマキ。
そして、この料理を作ったうさみみの炎の精霊の女の子が、卯月。
そう、僕に召還できる精霊…たったの３体…は、みんな女の子なんだ。
はっきり言って、召喚術師としてはかなりレベルが低い。
クラスメイトギュンター君にも担任のビルギエッタ先生にもそういわれた。
召喚術師が召還する召還獣は、召喚術師に忠実であることが最も重要なんだ。
こんな知性と感情を持った召還獣だと、マスターの命令を忠実にこなす
可能性はそれだけ低くなる。つまり、召喚術師としてはそれだけ無能だって事だ。

 

「マスター、大丈夫ですか？さきほどから水ばかり飲んでます」
「マスター、食べないのでしたら私が全部食べてしまいますよ」
「マキ、そんなことしちゃだめだよ。ボクがせっかくマスターのために作ったのに」
「作ってくれるのが悪いっていうわけじゃないんだけど…」
「にんじん料理ばっかりなのが気に入らないの？
　ほら、にんじんのソテーににんじんのステーキににんじんの煮付けに
　にんじんの紅葉おろしに蒸しにんじんににんじんの唐揚げににんじんの…」
「いや、にんじんが問題なんじゃないってば」

 

　説明の続きをしよう。
３人の召還獣は四六時中召還しっぱなしじゃなくて
大半の時間は向こう側、つまり、彼女たちが本来いる世界で暮らしている。
必要なときだけ僕が召還しているんだ。
だけど、彼女たちだって感情のある生き物だ。勝手な都合で呼び出して
仕事だけさせてさようなら、では気持ちよく手伝ってなんてもらえない。
日頃からのコミュニケーションは大切だ。

 

　そういうこともあって、料理を当番を決めてみんなで作ることになった。
発案者はまどか。初日は、まあ普通の料理だった。
生焼けの野菜炒めとか黒こげになった食パンを普通って形容するんだったら。

 

　ちなみに、食器の後片付けは毎日僕の仕事。
料理を作るのに時間が掛かるからって、毎日作業をするのは僕なのかって言いたかったけど
いつまでもルテジアさんに作ってもらうのも悪いし、せっかくだから甘えることにした。

 

　だけど、この企画は、二日目にして巨大な問題にぶちあたってしまった。

 

「マスター、にんじんが問題じゃないのなら、一体何が問題なんですか？」
「あのさ、たとえばこのにんじんの煮付けだけど、一体何で味付けしたの？」
「唐辛子だよ」
「この蒸しにんじんは？」
「煮詰めたタバスコソースだよ」
「このにんじんのソテーは？」
「青唐辛子だよ」
「なんで全部唐辛子で味付けしてるんだよ」
「そんなことないよ、ほら、このにんじんの唐揚げはブラックペッパーで味付けしてるんだから」
「ブラックペッパーの衣で揚げてあるって言った方がいいんじゃないのかな」
「そうともいうね」
「そうとしかいいようがないってば。だってにんじんの色が見えないじゃないか」
「おいしそうでしょ」
「こんな口から火を噴きそうな料理ばっかり何で作るんだよ」
「だからおいしいんじゃない」
「いや、人間の食べ物じゃない。絶対に人間の食べ物じゃないから」

 

　そう、にんじん料理で埋め尽くされるのなら覚悟していた。お約束だ。
なんで、にんじんの激辛料理になるんだ。

 

「炎の精霊だからですよマスター」
「人間とは、ひ弱な生き物ですね」
「なんで平気で食べられるんだこんなものが」
「マスター・・・せっかくマスターに喜んでもらおうと思ったのに…」
「卯月、泣くような事じゃないから」
「泣かせましたねマスター」
「な、ないてなんか・・・ないもん・・・」

 

誰も言葉で責めている訳じゃない。
だけど、口より雄弁に語りながら僕を非難する６つの瞳。
これを食べなければ、たぶん、僕は極悪非道のマスターだと３人に認識されるだろう。
だけど、これを食べたら死ぬ。間違いなく死ねる。断言する。
じょ、じょ、じょ、冗談じゃない、…こ、こんな理由で死ぬなんて……
だ、誰でもいい、だれか助けて、本気で、お願い、…

 

♪〜

 

「マスター、何が起きたんですか？」
「マスター、逆召還なんてひどいよ」
「逃げるつもりですね」
「違う！これは召還魔法陣だ。一体何を呼び出したんだろう？」
「私は氷の精霊が一人、晶。マスター、やっと召還してくれましたね」
「やっとって・・・どういうこと？」
「晶、こんにちは」
「こんにちはまどか。ふーん、これがまどかが今つきあってるマスター？」
「ええ、そうです」
「ふーん。まどかもいい趣味してるわね。ま、これからよろしく」
「よ、よろしく晶。…でも、氷の精霊って？元素じゃない召還獣って珍しいね」
「それは関係ないでしょ」
「マスター、晶は炊事が専門の精霊なんです」
「炊事？炊事って？」
「簡単に言うと料理を作る事よ」
「料理人の精霊なんだ。それでどうして氷を？」
「…妙な世界に来ちゃったわね。食品の低温保存もないんだ」
「そうですね。魔法の力で出来ないこともないみたいですけど、一般的ではありません」
「あ、そ。まあいいわ。私が来たから食事は任せなさい」
「えー、せっかくボクが作ってるのに…」

 

晶は、ここで大きく息を吸い込んだ。

 

「これのどこが料理なの！あなた、料理を馬鹿にしてるわ！」
「そ、そんな、断言しなくたっていいじゃない」
「あのね。料理の心って、わかってる？」
「料理の心って、おいしい物を作ることでしょ」
「全く違うわ。料理の心っていうのは、食べてくれる人のために
　心を込めることなのよ。作ってる自分だけ楽しんでどうするの。
　そんなのはままごとっていうの、料理じゃないの」
「晶、そんなに卯月を責めないで。悪気があってやったわけじゃないんだから」
「悪気がないようだから、言葉できつく責めてるの。
　悪気があってこれなら、問答無用でぶった切ってるわ」

 

晶は剣の切っ先を卯月に突きつける。
え、ええと・・・。

 

「マスター、晶は氷のように厳しいんです」
「え、ええと…」
「そんなにおびえなくても大丈夫ですマスター。
　マスターに危害を加える召還獣はいません。
　しばらくお待ちください。これをマスターの口に合うように調理しなおします」
「口に合うようにって、…もしかして、これを作り直すの？」
「当然です。食べ物とは、元々自ら生きていたもの。
　その命をいただくのですから、いささかも無駄にしてはならないのです」
「だからって、これを食べられるようにするって…」
「マスター。私を信用しないのですか？」
「し、信用するよ、信用するから刃物を振り回さないでっ」
「しばらくお待ちを」

 

そういうと、晶は厨房に激辛にんじん料理を抱えてこもった。
僕は空き腹を抱えて待ちぼうけだ。
一食ぐらい抜いても死にはしないけど、ひたすら待つとなると苦痛になる。
晶についてまどかやマキから話をしながらだから、それなりにはまぎれるけど。

 

「出来ましたマスター、みんな。
　いい卯月、これが料理って言う物よ」

 

そういって晶が持ってきたのは、やっぱりにんじん料理だった。

 

「にんじんの晶風ステーキにんじん添えと
　にんじんの晶風スープとにんじんソーメンよ。
　ではマスター試食を」
「ぼ、僕が毒味をするの？」
「卯月にやらせるの？」
「い、いや、いただきます…」

 

召還獣の味覚は当てにならない。僕が味見するしかないか。
僕はそっとにんじん料理を舌先に載せてみる。
前は普通に食べようとして口が腫れ上がるような思いをしたんだ。

 

？・・・・。

 

「おいしい。辛みはあるけど口から火が出るようなことはない。
　もしかして、完全に作り直したの？」
「完全にではありません。前あったにんじん料理を香辛料として使ったまでです」
「ああ、なるほど」
「量が１００人前になりましたが、どうぞお召し上がりください」
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと、そんなたくさんは食べられないよ」
「ご安心を、ちゃんと冷凍保存しておきましたから一週間は保存出来ます」
「一週間保存できたって食べきれないよ」
「そんなことはありませんマスター。５人で手分けをして食べれば
　一週間で食べきれます」
「つまり、それって、一週間３食この料理っていうこと？」
「多少は作りかえます、ご安心を」
「ボクの料理の方がスパイシーだったのに・・・」
「マスターの立場に立って料理を作りなさいっ！」
「そ、そりゃ、確かにこれなら食べられるけど…」

 

こうして、僕は４人目の召還獣、一応水の精霊の一人、晶が召還できるようになった。
その対価として、僕らは一週間ずっとにんじん料理を食べ続けた。

 

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