僕は、マストラダム学園に通う落第寸前の特待生。
落第寸前、というのは、召還学科に入学してから
2年以上も、まったく召還に成功したことがなかったからだ。

 

　今は違う。ちゃんとまともな…たぶんまともな…まともなんじゃないかな…
召還される方になんとなく問題があるような気はするが、とにかく
召還獣を召還できるんだから、落ちこぼれではない。

 

　だけど、落第寸前なのは間違いない。2年分の追試をこなさなければ
落第する身分には違いないんだ。
どの課題も決して易しいわけじゃないから、僕もがんばらないといけない。

 

　僕はじゃないよ、僕もで合ってるんだ。
なぜって、僕が召還できる召還獣は、みんな知性的な召還獣だから。
召還獣自身も、能力を高めることができるし、また、能力を高めなければ
決して課題はクリアできない。
　大体、僕が召還できる召還獣は5体しか…いや、むしろ5人って言うべきか…
とにかく5人しかいないんだから。

 

　だけど、今日はお休み。たまには息抜きぐらいいいよね。
それで今は読みかけの本を読んでいるところ。

 

「マスター、お勉強中ですか」
「ちがうよまどか、今日は息抜きに本を読んでいるところ」
「そうなんですか。…ええと、はい、マスター、プレゼントです」
「ありがとう。だけど今日は別に誕生日じゃないよ、どうしたの？」
「マスター、こちらの世界にはバレンタインデーというのはないんですか？」
「バレンタインデー？なにそれ」
「簡単に説明すると、聖者バレンタインさんを記念して、チョコレートを食べる日です」
「…よくわからないや」
「なんでもアラブの偉いお坊さんのバレンタインさんが
　恋を忘れた男の人にすてきなココアを贈って、恋を思い出させたという
　故事があるそうですよ」
「へえ、そうなんだ、まどかは物知りだね」
「ちがーうっ！まどか、なにマスターに嘘を教えてるんだよ」
「あれ、卯月、どうしたの？」
「はい、マスター、プレゼント。ちゃんと食べなさいよ」
「ああ、ありがとう。ところで違うって…どういうこと？」
「今日は女の子が男の子にプレゼントをする日なんだよ。
　それで、一ヶ月後の3月14日には、3倍にしてプレゼントを返すの」
「え？なんで3倍にして返すの？」
「『艱難辛苦汝を玉にす』だよ。聖バレンタインさんが
　『天よ我に七難八苦を与え賜え』と言って祈ったら
　『人から受けた施しを、3倍にして返せ』って天の声がしたんだって。
　それにちなんで、今日受け取ったプレゼントは3倍にして返すように…」
「大嘘おしえるな卯月っ！」
「ちょ、ちょっとちょっと晶、剣を振り回さないでっ！」
「卯月がとんでもない嘘を言うからでしょ。だいたいがマスターにお返しをせびるな」
「えーだって。ホワイトデーは3倍返しは常識じゃない」
「…まあ、そういう習わしもあるけど、義務じゃなくて努力目標でしょ。
　基本は等価交換なの。3倍にして返してもらおうだなんてあさましいこと考えないの」
「ちぇーっ」
「というわけで、マスター、これをどうぞ、チョコレートです」
「ああ、ありがとう…でも、なんでまたチョコレートを？」
「今日は一年に一度のパティシエの祭典です。
　チョコレートを男の人に贈って、どれが一番優れているか評価してもらうんです。
　その出来に応じて3月14日のホワイトデーにはお返しをするんです」
「へえ、…そういうことなんだ、だけどまどかのは…あれ？なんて書いてあるんだ？」
「これは不二家のハートチョコですね。卯月のは…チロルチョコの詰め合わせですか」
「あれ、マキ、いつ来たの？」
「さっきです。なにやら騒がしかったようなので」
「ああ、なんだか、今日はバレンタインデーらしいね」
「ええ、その通りです。というわけで、つまらないものですがどうぞ」
「どうもありがとう」
「どういたしまして。今日は日頃お世話になっている男性に、チョコレートを贈る日ですから」

「ああ、そういうことなんだ。今まで何かすごい説明ばっかりでびっくりしたよ。
　それじゃあ、僕からもみんなに贈らなきゃいけないかな」
「いえ、今日は女性から男性に感謝の印を贈る日ですから。
　3月14日には、逆に、男性から女性に感謝のプレゼントをすることになってます」
「なるほどね。…それで、3倍返しだったり等価交換だったりするんだ」
「みんな、なんで自分で作ろうとしないのよ。せっかくのパティシエの祭典なのに」
「パティシエの祭典ではなくて、チョコレート会社の陰謀です。
　大体聖バレンタインデーも、昔は、本を贈っていたんですよ」
「へえ、みんなの世界の風習も、変遷ってあるものなんだね」
「それは当然です。…時代は、変わる物ですから」
「こんにちは、みなさん」
「結、遅い。なにやってたのよ」
「ラッピングに手間取ってしまいました姉さん」
「あ、そ。みんなもうマスターにプレゼントは渡したわよ。
　あんたもさっさと渡してしまいなさい」
「さっさとというか、どうぞマスター」
「あ、ありがとう。へえ、かわいいラッピングだね」
「それが私の仕事ですから。…義理ですが受け取ってください」
「義理？義理ってどういう意味？…みんなプレゼントしてるから
　すこしは何か僕が力に慣れてるのかと思ったけど…そっか、まあ、義理だよね」
「…みなさん、マスターにどんな説明をしたのですか？」
「え？ですから、聖バレンタインさんの故事に習ってチョコレートをプレゼントする日でしょう」
「それに間違いはないですけど…」
「だから、3倍返しのために一ヶ月がんばるんだよね」
「いえ、明確に間違ってます卯月さん」
「あー、ボクだけ完全に否定したー」
「否定されるような無茶を言うからでしょう。
　贈り物は、感謝の心を伝えるためにするものです」
「まあ…それを、”義理”というですけど…」

「あんたたち、甘いわね、料理は勝負よ」
「姉さんはちょっと黙っててください。話がそれてます。
　……マスター、今日は…いわゆる私たちの世界では
　”女性から好意を持ってる男性へチョコレートを贈る日”なんです」
「つまり、お世話になってる人へプレゼントする日なんでしょ」
「…すいません、説明が悪かったですね。
　”恋人になって欲しい男性に贈る日”なんです。
　ですけど、そういうつもりがなくても、お世話になっている人には
　”義理チョコ”として、贈ることになってるんです」
「…ああ、そういうことなのか。それでやっとわかったよ結」
「ですけど、”義理”へのお返しは”義理”として、やってくださいね、マスター」
「とほほ…結局そこへ行き着きますか」
「そうそう、ルテジアさんからも言付かってきたよ、チョコレート」
「ルテジアさんから？」
「うん、ボクらがバレンタインデーの話をしたら、ルテジアさんも贈るって」
「そうなんだ。じゃあ後でお礼を言いにいかなきゃ」
「では、一緒に行きましょう」
「そうだね、まどか」
「マスター、後で感想を聞かせてください」
「う、うん。ちゃんと味について感想を教えるよ晶」
「姉さんは、なにかゆとりがないですね」
「なによっ！」

 

どんどんどん。

 

「あれ？誰か来た。誰だろ…」
「マスター、私が行ってきますね」
「ああ、ありがとうまどか…って、窓から出なくてもいいのに」
「こちらの方が階段を降りるより早いです…、あ、いらっしゃいアスレイさん」
「アスレイ？どうしたんだろう？」

 

アスレイが僕の家に用事があるなんて珍しいな、ほんとうにどうしたんだろう。

 

「こんにちは、みんな勢揃いしてるのね」
「こんにちはアスレイ、どうしたの？」
「あー、アスレイもお返し目当てなんでしょ」
「いい加減にその発想から離れなさい」
「そんな目くじら立てて怒らなくても…」
「晶から聞いたわ。今日は料理勝負の日なんですってね」
「いや、べつにそういうわけでもないと…」
「そうよ。…ふーん、アスレイ、私と勝負するつもりね」
「当然。この私が、召還獣風情に負けるわけにいかないのよ」
「いいわ。受けて立ってあげる、さあ、マスターに渡しなさい」
「ええ。はい、これをどうぞ。…あんたも、ちゃんと公平に評価なさいよ」
「あんたもって…どうしたの？」
「一人だけの評価で決着をさせるわけにいきませんから、知っているかた全員に配りました」
「そうよ。トビーさんにもレッジにもサイモンくんにも変態ギュンターにもクリスにも
　渡してあるわ。もちろん、あんたにも」
「私も同じですよ。…負けませんからね」
「あ、あの…」
「ルテジアさんも参戦するって、がんばれがんばれ☆」
「チロルチョコの卯月がいうな！」
「えー、はもんなくてもいいのに」
「マスター、玄関で立ち話もなんですから、そろそろ行きましょう。
　アスレイさんもご一緒なさいますか？」
「ルテジアが参加するなら、相手にとって不足無しよ、さあ、行きましょう」
「…姉さんもすぐ熱くなるんだから」
「熱くなれるものがあることは、いいことですよ」
「巻き込まれる方の身にもなってよまどか…」

 

僕らは、大騒ぎしながら、郊外にあるルテジアさんの家へ歩いていった 。

 

ちなみに、チョコレート対決の結果について、僕はしらないんだ。
アスレイと晶に詰め寄られて「どっちの勝ち？」なんて言われたら
まともに答えられないのも無理はないし。僕も答えられなかったし。

 

そういえば、お返し、今から考えないといけないかな、とほほ…何か余計な出費かも。

 

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