召喚少女別伝
【第四章】
福利厚生。僕たちやるならピクニック！
ここは、晶の喫茶店。
マスターであるはずの父親は、業者との折衝や資金繰りに働く裏方で
店内の切り盛りは、晶が結を使ってやっている。
「あ、あの…いらっしゃい…ませ…」
「結、今日は定休日、客はこいつら。挨拶は不要」
「そう冷たいこといいなさんなって」
「それにしても、不思議よね。今までそんなに親しくもなかったのに
今じゃ５人で話をすることが多くなったよね」
「まどかが、妙なバイトに引き込んだからでしょ」
「でも〜私は結構楽しいとおもうわよ〜」
「え、ええ…向こうは自然が多くて、その…」
「あの子もなかなかかわいいもんね〜」
「かわいいっていうか、まあ、最初会ったときよりはましになったんじゃない」
「卯月、そういう言い方って…まあ、当たってるか」
「まどかも言うときには言う」
「 え、ええと…」
「結、こいつらにコーヒー出す」
「え、えと…おねえちゃん、いいの？」
「新しいブレンドを作った。こいつらに味見させる」
「あ、ボク砂糖とミルクをたっぷり入れて」
「…せっかくのブレンドが台無し…」
「まあまあ、いろんな飲み方を試してみたほうが、試飲にはいいんじゃない？」
「そうそう。ミルクをどばどば入れるお客さんだっているかもしれないでしょ」
「私は〜ミルクだけ〜」
「じゃ、わたしはブラックにしようかな」
「いや、まどかには出さない」
「えー、なんで」
「まどか用には、ハーブティを試作してみた。
のどにいいようにしたつもり。試してみてもらいたい」
「ええ、いいわよ」
「それで〜お姉さん、聞いてみたいんだけど〜」
「ん？なにマキ」
「これから〜みんな予定ある？」
「んー、ボクは今日はフリー」
「うちは定休日、べつに予定はない」
「私も今日はレッスンがお休み。…お母さん、今日は家にいるんだ」
「ん？母さんが家にいるとレッスンが休みになるの？」
「ま、まあ…ちょっと事情があって」
「そっか」
「卯月は？試合はいいの？」
「んー。ほんとは練習があるんだけど、ほら、最近はバイトのせいで
部活に出たり出なかったり、結構不規則じゃない」
「そうよね〜。一応、行方不明ってことにならないように、魔法の人形が
代わりを務めてくれるっていっても、所詮人形だから〜」
「ロボットと同じ。決まり切ったことしか出来ない」
「ま、そこらはほら、最初から説明があったとおりだし」
「夢の実現のためも、一生懸命やらなきゃ」
「けど、時々は息抜きもいる」
「呼ばれてすぐあいつの手伝いだから、向こうの世界をゆっくり見ることもないよね」
「そうですね…たまには、向こうの観光も…してみたいです…」
「だったら〜今日は〜向こうに遊びに行きましょう〜」
「さんせーっ！」
「確かに、我々も労働者。雇い主に福利厚生を要求する権利はある」
「じゃ、あの子に電話を掛けようか」
「んと、誰が掛ける？」
「それはやっぱり〜」
「…我々を巻き込んだ張本人」
「それって、わたしのこと？」
「…あ、あの…もし、おいやでしたら…」
「いやだって言ってないわよ。掛けますよ」
とまあ、そんな事情で僕は契約してる召喚少女５人を呼び出す事になった。
「こんにちは〜」
「ちわー」
「こんにちわ」
「…相変わらず散らかってる。たまには掃除ぐらいする」
「あ、あのお姉ちゃん…来ていきなりそれは…」
「それで、急に呼び出して、一体何をして欲しいの？」
「簡単にいうと、こっちの世界での息抜きかな」
「息抜き？」
「そうそう。ボクらって、こっちの世界にあんたの都合で呼び出されて
仕事が終わったら、すぐ帰っちゃうでしょ」
「せっかく来ても〜あまり〜ゆっくりはできないですから〜」
「たまには遊ばせる。福利厚生は雇い主の義務」
「すいません…ご迷惑でしょうけど…」
「べつに迷惑だなんて思ってないよ。
えと…それで、何をすればいい？」
「それぐらいは自分で考える」
「自分で？…んーと…」
自分で考えろって言われても、みんなが一緒に楽しめることなんて
思いつかないや。大体僕は、彼女たちのことについて、ほとんど知らない。
クエストに呼んだときの会話で、なんとなくはわかるけど、プライベートな
話を根掘り葉掘りなんて、してないし、するべきでもないように思う。
なんといっても、彼女たちは…道具じゃないんだし。
だけど、困ったなあ…こういうときはどう…
ああ、そうだ。みんな、こっちは自然が多いって話をしてたよな。
だったら、…
「あのさ。みんな、緑の少ない所から来てるんだよね。
だったら、自然が多くて、人気のないところでのんびりするっていうのはどうかな？」
「それは〜ピクニックに行こうっていうことかしら〜」
「一言で言うとそうだけど…」
「うわ、びっくり」
「なんで私たちが思ってたことがわかったの？」
「なんでって……みんな、こっちの世界には緑が多いって言ってたから
町中を歩いたり、家の中でなにかするよりは、ピクニックがいいんじゃないかって思ったんだよ」
「ふむ…すこしは私たちの事を気に掛けてたのだな。意外だった」
「そりゃ…まあ…」
「あ、あの…みなさん。善は急げっていいますから…」
「そうね。いつ天気が変わるかもわからないし、出かけると決まったら早く行きましょ」
「行くのはいいけど、お弁当とか、準備がいるんじゃない？」
「お菓子なら〜おねーさんが持ってきてるわよ〜」
「お弁当も準備してある」
「…もしかして、みんなピクニックに決めてたんじゃ？」
「あはは、まあ、そういうこと」
「キミの都合に合わせるつもりだったから、ピクニック以外のことに決まったら
ここで食べるつもりだったんだけどね」
「じゃあ、ピクニックに行くのにいい場所があるから、そこへ行こうよ」
「え？そんな下調べまでしてたの？」
「ううん、そうじゃないよまどか。
召喚術の練習に適した場所をアスレイに教えてもらったんだ。
自然が多くて人気が少ないから、召喚に失敗しても迷惑がかからないって」
「相変わらず失敗しかしないのか」
「相変わらずっていうか…あれから全然進歩がないんだよ。
クエストをこなすための勉強が忙しくって、召喚の練習はなかなか出来てないし」
「キミ、もしかして、それだと私たちが押しかけたのって、迷惑だった？」
「ううん、そんなことは全然ないよ」
「とにかく、出かけると決まったら出かける。さっさと行く」
「そうだね。話ならお弁当を食べながらでも出来るし」
「では〜しゅっぱーつ〜」
そういうわけで、僕たちは郊外にある、見晴らしの良い丘の上へとやってきた。
今日は特別に空気が澄んでいるように感じる。
眼下に広がる平原と、太陽を反射して輝く、平原を流れる川が
僕たちの気持ちを解きほぐしてくれる。
「でも〜まずはお弁当にしましょ〜」
「待ってました」
「弁当といっても、出来るだけ簡単なものにした。
サンドイッチに普通の緑茶。大した物ではない」
「十分たいしたものだって。私もサンドイッチぐらいはつくれるけど
晶みたいにはとてもいかないもの」
「それは当然。私はプロ」
「プロって、晶って料理人なの？」
「この前、正式に免許を取った」
「免許って…晶の世界じゃ料理を作るのにも許可が要るの？」
「料理を作るには許可は要らない。お客さんに出すのに必要」
「そうなんだ」
「お菓子もいろいろ持ってきたわよ〜」
「うわぁ。よくこんなに持ってきたね」
「こっちがチョコレート。こっちがポテチでこっちがクラッカー」
「♪〜」
「…まどか、どうしたの？」
「あ、ごめん、うるさかった？」
「いや、逆。あんまり上手だったから…」
「ふふ、ありがと」
「まどかちゃんは〜歌姫さんなんですよ〜」
「歌姫って、歌手なの？」
「まだ歌手じゃないってば。練習中…いつかなれたらいいなぁ…って」
「まどかならきっとなれるよ」
「…そっかな？」
「だって、そのために練習してるんでしょ」
「練習すれば、誰でもなれるってわけじゃないから…」
「でも、晶の料理と同じように上手だよ。きっとなれるって」
「おまえの召喚術は練習しても上達しない。向き不向きはある」
「お、おねえちゃん。そんなこと言わなくても…」
「…悪かった」
「いや、謝らなくていいよ。上達しないのは本当のことだし…」
「あら〜手が止まってるわよ〜。一杯食べないと、大きくならないわよ〜」
「そうそう。あんたのために作って来たんだから、しっかり食べてもらわないと」
「作ったのは私」
「持ってきたのはボクだよ」
「並べたのは結ちゃんだよね」
「え、ええ…」
「………」
「あれ？どうしたの？」
「…あら〜何か悪いこと言っちゃったかしら〜」
「さっきの言葉は私が悪かった。気が済むまで謝るから泣かないでもらいたい」
「…そうじゃないよ…そうじゃなくて……その…ありがとう」
「あら〜べつに感謝されるようなことは〜してないですよ〜」
「そーそー。ボクらが楽しいようにって思ってやったことなんだから」
「みんな…ありがとう」
「感謝するのは私たちのほう。ありがとね、わがまま聞いてくれて」
僕たちはそれから、しばらく、そんな風に無駄話を続けていた。
「あら、何をされてるのかしら？ずいぶんといいご身分ですのね」
「あれ？アスレイ、どうしたの？」
「えと、アスレイって、誰？」
「クラスメートだよ。うちの学園の主席なんだ。
アスレイ、紹介するよ。こっちの翼を背負ってるドレスの子がまどかで
うさみみ少女が卯月で…」
「結構ですわ。私、召喚獣と友達になるつもりは、ありませんの」
「あのさ、アスレイ」
「なんですの？」
「僕の事を悪くいうのは、仕方ないと思うよ。
学園史上最低成績の落ちこぼれだし、召喚術についても教えてもらってるし。
だけど、彼女たちにまで、そんな風な言い方はして欲しくないんだ」
「でも、みんな召喚獣ではありませんの？エレメンタルマスターなら
召喚獣は、確実に軛につないで支配するものですわ」
「アスレイの使える召喚獣はそうかもしれないけど、彼女達は別なんだよ。
……その…普通の召喚獣って呼び出したことがないからわからないけど…」
「でしたら、普通の召喚獣が呼べるように、練習されることですわね。
では、失礼します」
「ちょ、なんか感じわる」
「なんですの？」
「感じ悪いって言ったよ。主席かなんだかしらないけど
顔を見るなりそんな言い方すりゃ、感じ悪いに決まってるじゃない」
「ちょっと卯月、ここは押さえて」
「…卯月も大人げないが、アスレイの態度も無礼」
「はうはうはう…なんでこんなことに…」
「あら〜キミは〜どうしてこんなことになったか〜本当にわからないのかしら〜」
「え？マキさん、それどういう意味？」
「え、ええ…ああ、そういうことね」
「なによ、みんな勝手に納得して」
「あ、あの…アスレイさん…せっかくですから、ご一緒しませんか。
お姉ちゃんのサンドイッチは、おいしいですよ」
「マキさんの世界のお菓子もあるわよ〜」
「結構ですわ」
「結構なら食べてくんでしょ？」
「…要らないって言ってるんですわ。
すいませんが、私、忙しいんですの。では」
はうはうはう…せっかくの楽しいピクニックの雰囲気が壊れちゃったよ。
アスレイは怒って行っちゃうし、みんなはなんだか機嫌が悪くなるし
なんでこんな事に…。
「それで、おまえ」
「おまえって、僕のこと？」
「他にいない。おまえ、本当に理由がわからないのか？」
「理由って…全然わからないよ。なんでアスレイがあんなに怒ってるんだろう。
そりゃここは召喚術の練習用に教えてもらった場所だから、召喚術の
練習をしてるって思ってたのかなとは思うけど…だからって
みんなの事まで悪くいわなくてもいいのに」
「…鈍いって、時々、犯罪だよね」
「かもね♪」
「ほんと、この子も隅に置けないわね〜」
「え、えと…あんまり、あの方をからかわなくても…」
「え？なんのこと？」
「…とりあえず、今わからないのなら、それでいい」
「？。？。」
「…それどころではなくなった」
「それどころではないって？」
「気づかないか？ここは人気のない場所。つまり、人がいては困る者には都合がよいということ…」
「…僕にもわかった。邪気を感じる」
「正解。化け物が襲いかかってきた」
「あ、あの…出来れば話し合いで…」
「ありゃ話し合おうっていう態度じゃないね」
「キミ。戦闘開始。指示出して」
「うん。…おまえ達。逃げるなら今のうちだぞ」
「キサマラ…ナニヲフザケタコトヲ…ニンゲンドモ…ニゲテモムダダ…コロシテヤル…」
「いきなり殺戮モード。これは正当防衛の範疇」
「では、参ります。…来たれすべてを飲み込む大海の渦よっ！」
「ギャァアアアア」
一撃必殺…僕がなにかする暇もない…。
「…魔族が出るんじゃ、ピクニックもお開きね」
「残念だけど、しゃーないか」
「こんどは〜魔族の出ない場所で〜ピクニックしましょう〜」
「…ゲームならこれくらい緊張感があったほうが楽しいが、現実はただ見苦しいだけ」
「化け物相手の正当防衛でも…やっぱり…あんまり、気分は…良くないです…」
「ごめん。変なところに連れて来ちゃったりして。
こんどは、もっといい場所にするよ」
「キミが悪い訳じゃないわ」
「悪いのは、襲いかかってくる魔族のほう」
「こんどは〜街の中の散策にしましょうか〜」
「いずれにせよ、日も傾いた。街に帰って後片付けして帰ればちょうどいい時間になる」
「はい…帰るまでがピクニック、ですね」
「いや、片付けはいいよ。ここだったら…」
「無理しないの。私たちが心配するでしょ」
「帰るまでがピクニックだよ」
「…うん、じゃあ、一緒に帰ろうか」
「おーっ！」
……………楽しいピクニックが一転、魔族との戦闘になってしまった。
逆に言うと、もうホートウィッシュ近郊まで、魔族が来るようになったんだ。
戦争、か。ずっと遠いところで起きてることのような気がしてたけど
もう、無関係ではいられないのかも、しれないね。
そして、そうなったら、まどかや、卯月や、マキさんや、晶や、結を、巻き込んだり、するのかな。