ここは、医務室なの。
仲良く私とリンネさんは別々のベッドの上なの。

そして、私はハリーさんに怒られてる最中なの。

「無茶しすぎだ、ドクターストップで次の試合にも出られない状態でよく戦ったな」
「どうしても、この試合だけは勝ちたかったの」
「試合には勝ったかもしれないが、勝負には負けてるだろ。
　あれは試合放棄の場面だ。無理して勝つのは格闘じゃない」
「分かってるの、やったことがスポーツの枠に入ってないってことは。
　だけど、あの試合、勝たないと行けないって思ったの」
「そうまでしてなんで勝ちに行ったんだ？　理由が分かんねえよ」
「多分、リンネさんは、敗者の言うことは聞かないと思ったからなの」
「話？　どんな話があるんだ？」
「それは治療が終わったら本人に直接話すの」

それを聞いていたのか聞いていないのか、しばらくするとリンネさんがこっちに見えたの。

「一つ、聞きたい事があるんだけど、いい？」
「良いよ、答えられることなら何でも答えるから」
「そう、なら聞きたいんだけど、どうしてあんなことをしたの？
　あなたは次の試合に出られないほどの怪我をしたはず。
　それなのに、どうしてああも勝ちにこだわったのかしら。
　あれだと、今より上は目指せない」
「ええと……、勝負に勝つより大切なことがあるから、っていうのが答えだと思うの」
「格闘で、試合や勝負に勝つこと以上に大切な事ってなにかしら」
「リンネさんにもそれに気づいて欲しかったの」
「ルールに則って試合し、それに勝つ、それ以上に大切なことって、なにかしら」
「リスペクトなの。試合相手に対する、試合そのものに対する、そして自分自身に対して敬意を払うことなの」
「勝ちにこだわるのがそんなに悪い事かしら」
「分からない？　私が試合に勝つことにこだわった結果がこれだって事なの」
「……確かに、あなたは試合に勝ったわ。でも、そうまでしてどうして……」
「リンネさんは、どうしてそんなに試合に勝ちたかったの？」
「もちろん、上を目指すため。私は勝って最強を証明する。誰からも畏怖される強さを手に入れるために」
「畏怖される強さを手に入れてどうするの？」
「格闘家なら、それを目指すのは当然じゃないかしら」
「強くなりたいと思うのは当然だと思うの。だけど、リンネさんの求めてる強さは、多分、強さじゃないの」
「最強が強さじゃないとしたら、何が強さなのかしら」
「地震は怖いよね、雷も。だけど、それは格闘家の目指す強さとは違うの。
　格闘家の目指す強さは、相手をたたきのめすこととは違うの」
「ルールに則って勝つ、それ以上の強さって、何かしら」
「そもそも、ルールってどうして決まってると思うの？」
「それを外したら殺し合いになるからじゃないかしらね」
「それが分かってるのに、どうして相手を壊す様なマネをするの？」
「……勝つために、畏怖される勝利を得るために」
「私を壊して、それでそれが得られたの？」
「確かに私は試合に負けたわ。でも、それは私が弱いからで、決して……」
「それは違うの。リンネさんに本当の強さが備わってないのはその通りなの。
　だけど、それはリンネさんが思ってる弱さとは違うの。
　相手をたたきのめす強さ、それは十分リンネさんに備わってたと思うの。
　油断がなければ、試合でも私に勝てる程度には。
　だけど、それは本当の強さじゃないの」
「本当の強さは何だというの」
「それがリスペクトなの」
「何が言いたいのか分からないわ。相手に対する尊重がどうして強さにつながるのか分からない」
「だからこの試合は私が勝ったの。勝負に負けても」
「どういう意味なの」
「言葉通りの意味なの。本当の強さが本当の意味で私に備わってるとは言わないの。
　だけど、本当の強さの意味はなんとなくだけど、分かってるつもりなの」
「本当の、強さ？」
「そう、本当の強さなの。相手をぶちのめしても本当の強さが備わってることにはならないの。
　どんなに強い格闘家だって、不意に銃で撃たれたら死んじゃうの。
　だけど、それで撃ち殺した人がその人より強いことにはならないの。
　だけど、それで相手をぶちのめしたことにはなるの」
　だから、本当の強さは、相手をぶちのめすことじゃないの」
「でも、それはルール違反でしょ？　ルールを守って勝つ事が強さの証明じゃないかしら」
「ルールはどうして決まってると思うの？」
「ルールはルールよ。守るべき物、それを破ったら反則負けになる何か、それでいいんじゃないかしら」
「じゃあ、ルールを変えたら道ばたで不意打ちしてもよくなるの？」
「どうしてそう極端な話をしたがるのかしら」
「極端な話じゃないからなの。ルールの大本に気づいて欲しいの」
「ルールの大本？」
「そうなの。ルールが決まってるのは、公平な条件で最強を決めるため。
　だけど、それだけならお互い同条件ならどんなことをしても良くなるの。
　ルールには、それ以上の何かがあるの。それがリスペクトなの」
「……分からないわ、どうしても何が言いたいのか分からない。
　リスペクトと、最強がどう関連するのか」
「試合そのものに対する、格闘そのものに対するリスペクトがなければ、
　格闘だって簡単に殺し合いになっちゃうの。
　でも、そんな物に勝っても強いことにはならないの。
　大集団でボコれば、どんな格闘家にも勝てるの。
　だけど、そんな物は強さとはなんの関係もないの。
　最強は、ルールの大本を理解した先にあるの」
「そのルールの大本が、リスペクトだって言いたいの？」
「そうなの」
「分からないわ。ルールを守って勝つ、それ以上に格闘家にとって大切なものって」
「逆に一つ私からも聞きたいことがあるの」
「何かしら」
「どうしてそんなに強くなりたいの？　畏怖されるほどの強さってどうして必要なの？
　目の前の試合相手に勝つ、それを積み重ねること以上の強さが、どうして欲しいの？」
「守る為よ。大切な物を守る力を手に入れるためよ。誰からも挑戦する気持ちにさえならないぐらいの強さを身につける事よ。
　そうすれば、実際に力を振るう必要もなくなる」
「格闘家は、他の格闘家から挑戦されるものじゃないかと思うの」
「本当に強くなれば、挑戦を逃げたくなるほど強くなれると思うわ。それぐらいの強さを身につけたい」
「そこまでして、何を守るの？」
「あなたには関係ない！」
「私は質問に答えたの。だから、リンネさんにも質問に答えて欲しいの」
「……私は昔弱かった……いいえ、強いことを隠して弱いふりをしてた。
　頭を下げて、やりすごせばいいと思ってた。
　だけど、それは間違い。大切な物を守る方法じゃない。
　挑戦させたら、挑発されたら、それで負けなんだ。
　挑発する気にさせないこと、挑戦する気力さえ奪うこと。
　そうしなければ、大切な物は守れない」
「よっぽどひどい相手に当たったんだね。だけど、そんな相手がルールを守ると思う？」
「守る訳がないわ。だからこそ、ルールを守って戦っても最強をしめすことで、挑発する気すらおこさせない。
　そうすることで初めて、守れる物がある」
「クズはどこにでもいるの。だけど、それに対処するのは、相手をぶちのめすこととは違うの」
「分かってるわ。ぶちのめしても解決しないってことは経験済みだから。
　だからこそ、ぶちのめす前に、そんな相手にすら挑発する気をおこさせないほど強くなりたいの」
「無理なの」
「え？」
「無理なの。卑劣な相手はどこまでも卑怯だから。それに、大切な物を守る強さは、そんなやり方では身につかないの」
「卑怯な相手は本当に強くなればこそこそ逃げ回るわ。私が求めるのはそこまでの強さよ。
　どうして、それで守れないの」
「卑劣な相手は正面から勝てなければ後ろから襲うし、後ろからでも無理なら大人数を集めてくるの。
　素手で無理なら武器を使うの。それでも無理なら大切な物を直接不意打ちするの。
　違うの。大切な物を守る方法はそうじゃないの」
「……」
「大切なものを守りたければ、大切なものを大切にするしかないの。
　卑劣な相手はそれでも大切なものを壊しに来る。
　だけど、それを守るのは、自分一人の力で求めるものじゃないの」
「じゃあどうすればいいというのかしら。人に頼ればいいっていうの？」
「世の中、卑劣な相手ばかりじゃないの。大切な物を本当に大切にしてる人は
　人の大切な物も大切にするの。
　それがつながっていって、みんながお互いに大切な物を大切にするの。
　誰もがそうだとは言わないの。だけど、そういう人のつながりが、大切な物を守るの。
　一人じゃできないことも、みんなならきっと出来るの」
「それと、本当の強さが、どう結びつくの？」
「私も偉そうなことが言える立場じゃないの。だけど、本当の強さには気づいて欲しいの。
　少なくも、相手をぶちのめすことは、本当の強さとは関係ないって分かって欲しいの」
「なんとなく言いたいことは分かるわ。
　あなたが恵まれた環境にあるって事も。
　だけど、私が守りたかった物は、そんなやり方じゃ守れなかっ」
「卑劣な相手はどこにでもいるの。だけど、卑劣な相手を引き寄せる自分でなくなればいいの」
「だからこそ、強くなれば……」
「類は友を呼ぶの。自分をリスペクトして、相手をリスペクトしていけば、卑劣な相手は自然と自分の周りから遠ざかるの」
「食い物にしようとするんじゃなくて？」
「自分の中のよこしまと戦うの、そうすれば、自然によこしまな何かは消えるの。自分の中からよこしまが消えれば、外のよこしまも消えるの。
　……パパとママの受け売りだけど。
　臆病が臆病を呼び寄せるし、勇気は勇気を呼び寄せるの。だから、リンネさんには勇気を持って欲しいの」
「分からないわ、やっぱり、あなたのいうことは分からない」
「でも、勝負に勝って試合に負けたのは分かると思うの」
「そう、それは私が弱いから。
　こんどはそんなことがないようにするわ」
「無理だよ。その方法じゃ、私には勝てるようになっても、まだ世の中には上がいる」
「あなたはそう思うのね」
「みんな、同じ場所にとどまってはいないの」
「分かってるわ、それ以上に努力がいることは」
「そうなの。努力はみんなしてるの。才能も備わってる人がいくらでもいるの。
　頂点は、努力と才能だけじゃ取れないの」
「努力と才能以外になにがいるの？」
「それがリスペクトなの」
「尊重することと、頂点と、どう関係するの」
「勇気なの。本当の勇気、自分の弱さと向き合うことなの。弱さを否定することでもなく、
　弱さから逃げることでもなく、自分の弱さを受け入れて、それを強さに変えることなの」
「弱さと向き合う？」
「そうなの、私が出来てるとは言わないけど、だけど、そうなりたいと思ってるの」
「私には分からない、だけど、必ず今の弱さを乗り越えてみせる」
「乗り越えようとしてる間は、私にすら勝てないの」
「どういう意味？」
「言葉通りの意味なの。弱さを乗り越えようとしてるうちは、なんど戦っても、結果は変わらないの」
「また壊されたいの？」
「壊されても私が勝つの。何度やっても。リンネさんに、今目指してるのとは違う、本当の強さが宿らない限りは、同じ事なの」
「言い争っても仕方ない。確かに、今日私は負けた、それは事実。動かせない」
「そうなの。そして、ほんとうの強さが宿らない限り、結果は変わらないって理解して欲しいの」

お話を打ち切ったのは、お医者さんだったの。

「それくらいでいいいだろう。霧子くん、病院へ行く準備が出来た。病院へ行こう」
「分かりました」
「お願いします、先生」

こうして、私は病院に運ばれたの。
リンネさんは、病院行きになるほどはひどい怪我じゃなかったみたいなの。


 

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