第４ラウンド、最後のラウンドのゴングが鳴るの。

「アインハルトさん、これでノックアウトが取れなければ終わりなんですよね」
「ええ、そう思います」

ここまで有利に戦いを進めてきたエーデルハルトさんは、今までと同じように構えて、同じようにアインハルトさんを待ち受けるの。
動かなければならないのは、アインハルトさんの方なの。
でも、アインハルトさんもエーデルハルトさんの動きをじっと見てるの。

「このまま時間が経てばアインハルトさんの負けなのに」
「インターバル中に作戦がまとまらなかったのかも」

エーデルハルトさんは余裕でアインハルトさんを待ち受けるの。
それがエーデルハルトさん側の作戦みたいなの。
つまり、無理せず相手の出方を待つ。それで相手が焦って無理をすればそこにつけこむ。

「アインハルトさんが動いた」

アインハルトさんが間合いを詰めてジャブを打っていくの。
エーデルハルトさんはそれを受けながらジャブの応酬に応じるの。
同じ事を、同じようにやっていれば、それで勝てるという風に。

「アインハルトさんに何か勝算があるんでしょうか」
「油断、隙、そういうものがエーデルハルトに複数回あればあるいは」
「複数回は難しいと思うの」
「でしょうね、一瞬の気の緩みは期待出来るかもしれませんが」
「その一回できっちり決めきれれば……」
「断空拳を超える一撃が必要ですね、それには」

そう、一撃で決めるには、断空拳を超える一撃が必要なの。
断空拳は一度きれいに決まってるけど、それでもエーデルハルトさんは立ち上がってきてるの。

「お互い一歩も譲らない打ち合いですね」
「体力を使い切ってもいいですからね」

そう、もう体力を次のラウンドに残しておく必要はないの。
だからこのラウンドは体力を限界まで使って大丈夫なの。
休みなく打ち合う両者なの。だけど、互角に打ち合ってるだけじゃアインハルトさんは勝てないの。
アインハルトさんがさらに間合いを詰めて行くけど、エーデルハルトさんはそれには乗らず間合いを開け直すの。

「無理しない作戦。さすがに歴戦のチャンピオンは違いますね。
　ノックアウト勝ちにはこだわってない」
「でも、格闘家って、ノックアウトで勝ちたいものじゃないんですか」
「その気持ちはありますね。でも、相手の実力に合わせて勝ち方を変えていくのが一流です」
「アインハルトさんはノックアウトを狙えないぐらいの実力はあるって事？」
「アインハルトに油断がなければ判定勝ちでいい、そのくらいには認めてるでしょうね」

アインハルトさんは、間合いを詰められないとみたのか、間合いをむしろ広げるの。
エーデルハルトさんは間合いを詰めて行かないの。

一息お互いが入れた後、アインハルトさんは一気に飛び込んで行くの。
エーデルハルトさんは、落ち着いてそれを迎え打つの。
アインハルトさんはジャブの間合いを超えて接近、この距離からだと打てるのは……

次の瞬間、アインハルトさんの方が吹っ飛ばされるの。

「カウンターの発勁だね」
「エーデルハルトさんは狙ってたって事？」
「お互い狙ってたみたいだけど、エーデルハルトさんの方が一瞬早かった」
「アインハルトさん！」

アインハルトさんはすぐに立ち上がるの。
そこへエーデルハルトさんの踏み込みが来るの。

「アインハルトさんの方が受け太刀になってますね」
「アインハルトさんは互角に打ち合えてないの」
「このままじゃ……」

エーデルハルトさんがラッシュの手を休めるの。
そこへアインハルトさんが打ち込みに行くけど、それを見透かしたようにエーデルハルトさんのカウンターが入るの。
それを受けて、またアインハルトさんがダウンするの。

「だめですね。このままでは一方的な試合になる」
「もう打つ手はないの？」
「一撃でエーデルハルトを沈めるだけの一撃が放てれば……例えば、ミウラの抜剣に相当するだけの切り札があればなんとか」
「それが断空拳だと思うんですが」
「それはもうずっと放ってますよ。だけど一撃で沈める威力は無い」
「アインハルトさん！　立ち上がって！」

カウント８でアインハルトさんは立ち上がるの。
だけど、もう残り時間は２分。今までの１４分で出来なかったことが、後２分で出来るの？

「エーデルハルトに隙が無い、一度きれいに入ったことでさらに慎重になってる。無理はしない作戦ですね」
「アインハルトさんが無理をしない限り、互角でいいってこと？」
「そうですね」

エーデルハルトさんが慎重になってることが、アインハルトさんの有利に働けばあるいはチャンスがあるかもしれないの。
だけど、ここまでの所、アインハルトさんの方が無理をして、エーデルハルトさんにカウンターをもらってる状況なの。

「……思ったんだけど」
「何？　ヴィヴィオ」
「この試合の断空拳って、ちょっと踏み込みが甘くない？」
「それは私も思うの。連打するために踏み込みを浅くしてるとは思うの」
「んじゃんじゃんじゃ、本来の断空拳がきれいに入れば、一撃で沈められるんじゃないかな」
「確かに、前はエーデルハルトさんが、きれいに決められて立ち上がれませんでしたよね」
「でも、それは断空拳を放つまでの隙が大きくなることを意味するのでしょう」
「そうだけど」
「それが決まるような隙とか、油断とかがエーデルハルトに出来るでしょうか」
「でも、本来の踏み込みの断空拳でないと、十分な威力にはならないよ」
「そうでしょうね。でも、それはエーデルハルトも警戒してるはず」
「警戒して逆に守りに入ってくれればそこが隙になるかも」

そう、本来の踏み込みの断空拳は、一度エーデルハルトさんを破ってるの。
だけど、その本来の威力の断空拳は、本当の決め技で、相手の動きが鈍ってから放ってるの。
あるいは、相手に油断があるときのカウンターとしてなの。
どちらも、今のエーデルハルトさんには期待出来そうにないの。

「残り一分切った」
「アインハルトさん、後１分無いですよ！」

アインハルトさんにその声が届いたのか、アインハルトさんは積極的に前に出て殴り掛かるの。
だけど、それをエーデルハルトさんは予測して、きっちり殴り合いに応じてるの。

「前の時みたいに、カウンターで入れば……」
「ダメですね。エーデルハルトはノックアウトを狙ってない。威力を落としてる今の断空拳すら打たせるつもりはないようです。
　たとえ、ノックアウト出来なくても」
「残り４０秒……」

アインハルトさんも残り時間がないことはわかってるはずなの。
だけど、何か状況を変える切り札があるとすれば、エーデルハルトさんの油断、あるいは、慢心しかないかも。
あるいは……

「アインハルトさんがガードを止めた？」

ここでエーデルハルトさんが間合いをひらき直すの。
そしてガードを固める。

「「残り３０秒……」

アインハルトさんは前に出るしかないの。
ノーガードで叩いてダウンをとってももう間に合わない。ノックアウト以外の勝機は無いの。
それはエーデルハルトさんも計算済み、しっかりガードを固めて、断空拳を打つ隙を与えない程度に反撃してくるの。

「残り２０秒……」

アインハルトさんは再び間合いを開く。
そして……。

「断空拳！」

だけど、その断空拳はエーデルハルトさんがかわして空を切る。
エーデルハルトさんは間合いを詰めて断空拳の間合いを……

「覇王！　断空拳！」

アインハルトさんが渾身の力をこめて断空拳を放つの。

「今のは本来の踏み込みがあった！」
「わざと空振りして油断を誘ったってこと？」
「最初の断空拳は今までよりもさらに踏み込みが甘かった。だから、当てるつもりもなかったのでしょう。
　本来の断空拳はエーデルハルトも一度しか見てない。今まで見てきた断空拳のイメージがあったから、間合いを詰めた」
「お願い、これで決まって」

「残り１０秒……」

エーデルハルトさんはそれでも立ち上がってくるの。

「今のが本来の断空拳ね、でももう時間が無い」
「それでも、ダメージが残ってればワンチャンス……」

アインハルトさんも、エーデルハルトさんも、死力を尽くすべき１０秒。
アインハルトさんが勝つには、もう本来の断空拳を決める一手しかない。
それは試合をしてるお互いもわかってること。
だから……

「残り５秒！」

エーデルハルトさんの動きは、今までより明らか鈍ってるの。
ダメージは確実に残ってる。
でも、ガードはきっちりしてるし、ガードをかいくぐって打つには……

「覇王！　断空拳！」
「強引にガードの上から打った！」

断空拳がガードの上からエーデルハルトさんを打つの。
エーデルハルトさんはよろめいて倒れるの。

「カウント開始ですね」
「ファイナルラウンドは、ゴングが鳴ってもダウンカウントは取るんですよね」
「ええ、ゴングに救われることはないですね。でも、エーデルハルトは立ち上がりさえすれば、判定で勝てるはずですよ」
「試合時間終了！」
「カウントは５」

６……７……８……

ここで、エーデルハルトさんが起きようとするの。

９……１０！

だけど、さすがに２秒で立ち上がれるほどの力は残ってなかったの。
一気に起きようとして、足をもつれさせて転ぶ。

「１０カウント成立……ということは！」
「勝者！　アインハルト＝ストラトス！」

場内アナウンスが新チャンピオンの登場を告げるの。

「勝った……アインハルトさんが勝った！」
「最後の３０秒で逆転しましたね、ノーヴェに聞いてみないと」
「ジルコーチ、何を聞くんです？」
「最初からの作戦だったかどうかを」
「最初から狙ってできる事なのかな、これ」
「無理だとはおもいます。だけど……紙一重エーデルハルトが上と思ったんですが」
「油断？　それとも……」
「まぐれではありませんね。１０回やれば何回勝てるかわかりませんが、見事なアインハルトの勝利です」

アインハルトさんがU-15のチャンピオンを奪取したの。
すごい試合、紙一重エーデルハルトさんが優位に戦ってた試合。
それを最後の３０秒でひっくり返すなんて……ううん、違うの。
アインハルトさんが本来の自分のスタイルに戻ったのが最後の３０秒だっただけなの。
それまでが、つまり……

「すごい、これがチャンピオンの試合……」
「リンネ、勉強になりましたか」
「ええ、とっても。ジルコーチ、あれが出来て初めてチャンピオンになれるんですね」
「そうですね……それにしても、なんてレベル……」

そう、ものすごくハイレベルの戦いだったの。
私達がこの水準の戦いが出来るようになるには、どこまで練習を重ねればいいの。




 

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