ここは、藍仙高校３年Ａ組

　結局俺達はなんとか出席日数も足りて、三年生へと進級できた

　まあ、あれやこれや色々あったが、当たり前の日常が帰ってきた

　仲間とじゃれあいながら、それでもひたひたと迫る受験の影を感じとり

　やがては進路も決めて卒業する

 

　そういう、ごく当たり前の日常が訪れるはずだった

　そう・・・訪れるはずだったのだ・・・

 

　「ちょっとカスミ、なんで昨日無視するのよ」

　「え？」

　「なんだなんだ、何か会ったのか？」

　「ちょっと聞いてよ、柊

　　昨日さあ、私が渋谷に遊びに出たとき、ちょうどカスミがいたから

　　声掛けたのに、カスミったら無視たんだよ」

　「え？・・・・だって、私、昨日、渋谷には行ってないよ」

　「うそぉ、絶対にあれはカスミだった」

　「・・・嘘じゃないよ、私、昨日はまっすぐ家に帰ったんだから」

　「・・・・・・・・他人のそら似じゃないのか？」

　「あ〜、雲野まで私を疑うんだ

　　あれはぜ〜ったいにカスミだったもんね」

　「でも・・・・」

　「・・・・まあまあ二人とも、世の中には

　　自分にそっくりな人が３人はいるって言うしさあ」

　「う〜ん、見間違いだったのかなぁ・・・

　　そりゃ、確かにサングラスを掛けていたから人違いかもしれないとは思うけど」

　「決まりだな、人違いだ」

 

　（き〜んこ〜んか〜んこ〜ん）

 

　「おい、そろそろゴリが来るぜ」

　「新学期早々お説教はごめんだな」

 

 

　翌日

 

　「お〜い、カスミ、昨日渋谷に行かなかったか？」

　「え？・・行ってないけど・・どうしたの？」

　「いや、実はな・・・・・昨日理子ちゃんにおごってもらおうと思ってな」

　「誠志郎・・おまえ、わざわざたかりに行ったのか？」

　「失礼だな、理子ちゃんの就職祝のついでだよ、つ、い、で」

　「柊、続きを聞かせて」

　「あ、ああ・・・でな、その途中で、俺もみたんだよ

　　サングラス掛けたカスミのそっくりさん」

　「・・・・・・・・・」

　「いや〜、俺もびっくりしたぜ、あれだけそっくりなら

　　そりゃ名城も間違えるよな」

　「でしょ、いくらそっくりさんでもあそこまで似てるっていうのは

　　まずいないんじゃないかな？」

　「・・・・・・・・・・・・・」

　「・・・そんなに似てるの」

　「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

　「似てる似てる、そっくりさんコンテストに出たら優勝間違いなし」

　「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

　「あ、カスミ、もしかしたらどこかの有名人かもしれないじゃない

　　そのそっくりさん

　　そしたら、カスミの方がコンテストに出たら優勝だよ！」

　「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

　「あ、そしたら優勝賞金でおごってね」

　「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

　「うん、優勝したらおごって上げる」

　「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

　「おい、十夜、なに落ち込んでいるんだ？」

　「あ、ああ・・・・ちょっと考え事をな」

　「考え事って・・・おまえ、ときどき意味もなく落ち込むことがあるからなぁ」

　「あはは、言えてる」

　「・・・言いたい放題だな、おまえら」

　「あの・・十夜くん、なにか悩み事でもあるの？」

　「いや、別に大したことじゃない

　　そんなにそっくりさんなら俺もみてみたいと思っただけだ」

　「ふ〜ん、まあいいや

　　俺がみたのは渋谷のＨＭＶだったけどな」

　「あ、私がみたのもそこだった、午後の５：００ぐらい」

　「奇遇だなぁ、実は俺もなんだ」

 

（き〜んこ〜んか〜んこ〜ん）

 

　「お、そろそろ席にもどっとかねえとな」

 

 

　俺は、一人で渋谷に行ってみることにした

　なんとなく、嫌な予感がする

　そう・・・あのときと同じ様な、

　真実に触れない方が幸せなような、そんな予感が・・・・

 

 

　でも、いま俺は渋谷にいる

　時間はちょうど５：００

　誠志郎達の言葉が正しければ、そして、俺の予想が正しければ、

　彼女はここへ現れるはずだ

 

　俺は、正直、現れて欲しくはなかった

　だが、彼女は確かに実在していた

 

　カスミのそっくりさん

　サングラスを掛けて、藍仙高校の制服を着ている

　・・・・参ったな・・・制服まで着ているとはね・・・

 

　俺は、彼女に気づかれないように、後をつけてみることにした

 

　彼女が近くの喫茶店に入る

　俺もさりげなく喫茶店に入る

　彼女が席を探している

　俺も、視線をそらして、席を探している振りを・・・・

 

　「やっぱり思った通りね

　　十夜くんなら来ると思った」

　「！」

　「・・・・私に聞きたいことがあるから後をつけてきたんでしょ？」

　「あ、ああ・・・」

　「そこの席が空いてるわよ」

　「・・・・・・」

 

　一体どういうつもりだ？

　俺は、上の空でメニューを眺めていた

 

　「十夜くん、メニューは決まった？」

　「いや、・・・今月はもう持ち合わせがない」

　「（くす）十夜くんらしいね

　　いいわよ、私がおごって上げるから・・・大した事は出来ないけど」

 

　彼女はそう言うと、紅茶を２つ注文してくれた

 

　「・・・・・・・・・・」

　「あれ？聞きたいことがあるんじゃなかったの？」

　「なんで、俺の名前を知っている？」

　「他の人の名前も知っているわよ

　　誠志郎くんに、名城さんに、夕凪さん」

　「・・・・理由を聞いているんだけどな」

　「そうね・・・、だって、私もカスミ・アインハルトだから」

　「そんなはずはない！」

　「・・・そんなはずはない、と思いたい、でしょ

　　Ｊ．Ｂ．の一件と同じように」

　「・・・なんでＪ．Ｂ．の事を知っているんだ？」

　「だから、私もカスミ・アインハルトなのよ」

 

　そういうと、彼女は、ちょっと芝居がかったしぐさでサングラスを取った

　サングラスの下もやっぱり、カスミのそっくりさん

　いや、カスミと違った所など何一つない、と言っていいだろう

 

　ただ一点、瞳の色が赤いことを除いては

 

　「・・・・・・・・ディゾナント・・・・・」

　「そう、これこそがディゾナントの完成形よ」

　「でも、ディゾナントは失敗作だって聞いた」

　「失敗作には間違いないわよ、完全なコピーにはならなかったんだから」

　「・・・・失敗作だから、データは残っていたと聞いた・・・」

　「それも間違い、おとうさんはコピー人間の可能性に気づいたから

　　研究を打ち切ることにしたの

　　先生にデータの破棄を命じてね」

　「・・・・・・・・・・・・・・」

　「どうしたの？十夜くん」

　「いや、・・その、どう言って呼びかけたらいいかわからなくて」

　「Ｐ−３って呼んで」

　「Ｐ−３？」

　「そう、プロトタイプナンバー３、略してＰ−３よ」

　「・・・Ｐ−３、じゃあなんでディゾナントのデータが残っていたんだ？」

　「（くすくす）もちろん、先生がデータを破棄しなかったからよ

　　先生は兵器を作るつもりで、完璧なウツロのコピーを作ろうとしたの

　　それがおとうさんにばれて、先生はかわりにおとうさんをウツロに殺させた」

　「！」

　「いいんだけどね、本当の意味で死んだ訳じゃないから」

　「本当の意味で死んだ訳じゃない？」

　「オリジナルはなくなっても、イデアは残るわ

　　イデアが残っていれば、いつでも再生することが出来るもの

　　私と同じように」

 

　「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

　「十夜くん？」

　「・・・なんだ」

　「紅茶が来たわよ」

 

　確かに、目の前に紅茶がある

　ウェイトレスが来たのにも気づかなかったのか・・・・

 

　「Ｐ−３・・・・先生って、何者なんだ？」

　「そうね・・・私にもよくわからない、っていうのが正解かな

　　野心家の研究者で、研究者としては二流でも

　　政治家としては一流って言うタイプの人、

　　私が知っているのはそこまでね」

　「・・・そもそも、どうやってカスミのイデアを手に入れたんだ、先生は」

　「オリジナルがダイスの研究所に捕まっている最中よ

　　御子柴もＪ．Ｂ．もＥ．Ｎ．Ｄなんて役立たずに精力を注いでたみたいだけど

　　先生は始めから私たちを作るつもりでイデアを収拾してたの

　　一旦イデアを記録すれば、オリジナルを所持する必要はないわ」

　「・・・・・・・・Ｐ−３・・・・なんでおまえが兵器になれる？」

　「？？？」

　「・・・・カスミは人殺しなんか出来ない、そうじゃないか？」

　「そうね、・・・私も人殺しは出来ないわよ

　　でも、人を暗示に掛けることなら出来るよ

　　それに、ＳＣ空間で人を傷つけても死ぬ訳じゃないわ

　　単に不確定な情報として空間を漂うだけ、心をむき出しにしてね」

　「・・・・・・名城みたいに、洗脳するのか・・・」

　「違うわ、由佳里ちゃんみたいに心を開いてあげるの

　　ＳＣ空間の中だと嘘なんかつけないからね・・・完璧なスパイでしょ

　　（くす）

　　だけど・・・Ｐ−７にはまた別の考えがあるんじゃないかな？」

　「Ｐ−７・・・まだいるのか？」

　「（くすくす）もちろんよ、十夜くん、たちまち私がＰ−３なんだから」

　「・・・・・それもそうだけど・・・・・」

　「コピーと言っても、完全にオリジナルと同じものが出来るとは限らないわ

　　先生はそういう変異体を集めているの・・・能力がオリジナルと同じで

　　性格が兵器に向いている、そういう変異体を」

　「Ｐ−３、どうして俺にそういう話をする？

　　なんでわざわざ目だつところに来て、俺に見つかるように・・」

 

　ばん！

　「だって、私もカスミ・アインハルトだもの！」

 

　店の中の客が、びっくりしてこちらをみる

　Ｐ−３は、ばつの悪そうに謝ると、ふたたび話し始める

 

　「だって・・私も、カスミ・アインハルトだから・・・・

　　・・・・だから、十夜くんには危ない目に遭って欲しくない」

　「危ない目に？」

　「十夜くん、これから先生が何をやっても、十夜くんには関係ないの

　　十夜くんもオリジナルも、みんな関係ないことなの・・・・・

　　だから、・・・だから、お願いだから、ヒーローを気取ったりしないで！

　　関係ないことだから・・・なんにも関係ない事なんだから・・・・・・」

　「・・・・・・関係ないわけないじゃないか！」

 

　再び、店のお客さんがこちらをみる

　今度は俺がばつの悪い顔をして謝る番だ

 

　「その言葉は、オリジナルに言って上げて

　　私は単なるコピーなのよ・・・・コピーに過ぎないの・・・」

　「・・・・・・・・・・・」

 

　なんと言ったらよいのだろうか？

　俺が一瞬躊躇した瞬間、回りの空間が歪んだ・・・・

　そう、彼女がＳＣ空間を展開したのだ

　セイクリット・デスはとうの昔に真端さんに渡してある

 

　・・・・・・くそっ、この感覚には全然慣れなかったな・・・

 

　気がつくと、彼女の姿はなかった

　ただ、テーブルの上に二人分の紅茶代がおいてあるだけ

 

　『すべてはまやかしなんだ』

 

　・・・・・なんで、こんな時にＪ．Ｂ．のセリフを思い出すんだ・・・・

　いや、答えはすでにわかっている

 

　俺達の日常は、決して強固な地盤の上に立っているわけじゃない

　それは、あのとき嫌と言うほど思い知らされた

　そして、今また、俺はいつもの日常が失われるだろう、そういう予感がしていた

 

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