召喚少女別伝
【第八章】
目覚めよ！秘めた力。目覚めるな！過ぎた力。
僕の名前は、コオル・リアロ。
マグストラタム学園の３年生。一応特待生だ。
僕は今、同い年で後輩で２年生なのに飛び級で卒業したレッジを
軍の主力がいるラナーク平原まで、まどか達、そしてアスレイと一緒に送ってきたところだ。
「送ってきた、ではなく。送った、ですわ。
まだ私たちは、ホートウィッシュに帰ってませんわよ」
「うん。それはわかってるよ。帰りをどうするか今考えてる最中じゃないか」
レッジを軍まで送る途中、恐れていたことが起きた。
軍の連絡線を妨害する魔族の遊撃隊と遭遇したんだ。
命からがら、なんとか逃げ出した僕たちは、今、軍の中にいる。
「我が軍の兵を助けていただいたことには感謝しています。
ですが、ここは民間人がみだりに来て良い場所ではありません。
出来る限り早く、ホートウィッシュに戻ってもらいたいのですが」
「わかってますヒルデガード参謀。でも、帰ると言っても危険じゃないですか」
「それは認めます。私達が思っている以上に、魔族軍の浸透は激しいようですね」
「私たちが帰るための手配はしてくださらないのですか？」
「ヒルダ、いるかね？」
「はい、将軍」
「将軍？」
「あら、あなた、知らないのですか。
王国軍北方方面総司令官、オズワルド将軍ですわ。
お初にお目に掛かります。私、アスレイ・グエインと申します。
こちらは…」
「コオル・リアロです」
「…グエインといえば、あのグエイン一族の？」
「一応は」
「父上とは親しくさせていただいておるよ。
君自身、マグストラタムでは主席だそうだな」
「ええ、なんとか人なみの評価は受けておりますわ」
「グエイン一族の平均なみですら、超えてるらしいね。
父上に会えば自慢を聞かされるよ。親ばかとはああいうのをいうのかもしれないな。
それで、こちらの少年は？」
「だから、コオル・リアロだってば、…あ、すいません、将軍」
「？……リアロ？もしかして、あのアデルバートと何か関係があるのかね？」
「アデルバート・リアロは僕の父です」
「…つまり、君があのアデルバートの息子と言うことか」
「あの、将軍、よろしいですか？」
「何かね？」
「父は、そんなにすごい召喚術師だったんですか？」
「私が知る限り、最強の魔導師だったな。今アデルがいれば、この戦いはとっくに
王国軍が勝っていただろう。それほどの男だ」
「そうですか」
「気がなさそうだな」
「僕は僕ですから。それに、父は５年前に行方不明になったきりです」
「儂が合ったのは１５年前だよ。そして、それきり軍には協力しようともしなくなった。
彼は…」
「将軍。補給部隊の出発はいつにいたしましょう」
「…可能な限り早くだが、いつ出せるかね？」
「護衛の兵の都合がつき次第いつでも」
「護衛兵か…だが、今は手が離せん。遊撃隊を叩くのに騎馬隊は出払っているし
歩兵は本陣を守るので手一杯だ」
「将軍、彼らを雇ってはどうでしょう？」
「彼らとは、誰かね？」
「この二人ですわ。マグストラタムの生徒であれば、下手な兵士よりは
役に立つかと」
「ふむ…悪くない考えだな。うむ、新兵にも良い刺激になるだろう。
では、二人に、ギルドからの依頼ということで、お願いしたい。
補給部隊を護衛してホートウィッシュまで帰ってもらいたい」
「ホートウィッシュに着いたらどうするんですか？」
「君たちは、そのまま家に帰ってもらえばいい。
補給部隊は、ホートウィッシュで休暇中の兵が護衛を交代して、ここに戻ってくる」
「わかりました」
「ですが、それでは私たちが魔族に襲われたときに不安ですわ。
私たちは、レッジと一緒でしたのに、ここまで逃げ出してきたのですわ」
「それはわかっておる。輜重兵といえども、王国軍の兵士。
決して足手まといになるというわけではないぞ」
「かしこまりました、将軍」
「では、早速に出発してもらいたい」
そういうわけで、僕たちは、王国軍の補給部隊と一緒に
ホートウィッシュへと帰還中だ。
みんなと一緒というのが僕たちの気持ちを楽にする。
魔族だって、弱い相手だから攻撃する気になるんだよ。
これぐらいの大部隊なら、避けて通るだろう。
「ヒヒヒヒヒ…」
「！」
「そう甘くはいかないようですわ」
「あれは、死霊？なんでこんな真っ昼間から」
「悩んでる暇があったら、排除することですわ」
「アスレイは回りの警戒をお願い。
あいつらは僕がなんとかするよ」
「なんとかするとは？」
「…まどか！卯月！マキさん！晶！結！お願い、僕を助けて！」
こんな時のためのケータイデンワだ。
命が危ないときは、いつでも遠慮なく呼べって言われてるし
今は間違いなく、呼び出さなければ命に関わる。
「さあ、行くわよ！」
「僕に任せて！」
「悪さばかりしてると、メェーよ」
「…逃げねばこの場で召し捕る」
「あの…その……手荒なことは…したく…ありませんから……
あの……黙って……この場を……立ち去って……ください……」
「ケ・ケケケケケー！」
「話してわかる相手じゃない、行くよ、みんな！」
「おう！」
魔族に率いられた死霊ごとき、召喚少女の敵じゃない。
魔族ごとまとめて撃破だ。
「なにをのんきな。死霊の源を叩かなければ
いつまででもつきまとわれますわよ」
「死霊の源って言われても、わからない…って、ええっ！」
「だからいいましたのに」
「あら〜さっき倒したはずの魔族さんが〜」
「魔族の死霊を用いた魔族を倒すと、その魔族が死霊化する」
「で、その死霊の援護にまた魔族が寄ってくるってわけね」
「そんな…同族すら道具としてしか……見てないなんて……」
「まどか、きっちり成仏させるよ」
「ええ、わかったわ」
「…僕の出番がない…」
「そんなこと無いよ。頼りにしてるって」
「指示と回復はお願いね」
「はーい」
魔族が死霊化したからといって、単に手間が２倍になるだけだ。
弱い相手が死霊になったら急に強くなるというものでもない。
ほら、もう終わり。援護の魔族も来なかったし、これで一安心かな。
「…見つけましたわ。行きますわよ」
「え？アスレイ、深追いは危険だ、このまままっすぐ行こうよ」
「それではかえって補給部隊を危険にさらしますわ。
今なら、不意打ちが出来ますわよ」
「なんでそう言えるの？」
「普通なら、補給部隊と一緒に行動するからですわ」
「あ、まってよアスレイ」
「しゃーない、ボクらも行きますか」
「そうね。アスレイだけ先行させるわけに行かないし」
「おね〜さんも手伝ってあげるわよ〜」
「乗りかかった船。降りるわけにもいかない」
「…あ、あの……補給部隊のみなさんは……そのまま……その……先にお進みください…
私たちは……すぐに…追いつきますから……」
僕たちがアスレイと一緒にしばらく進むと、なるほどアスレイの言うとおり
死霊の集まりを見つけた。
「…一気に死霊をあの世に送り返しますわ。
魔力は消耗しますけど、これで、死霊の襲撃は受けずにすむようになるはずですわ」
「お願い、アスレイ」
「ふふ。死霊を成仏させるのは、精霊を召喚することのちょうど逆呪文になるんですわ」
アスレイが呪文の詠唱に入る。
やがて、死霊達の集まりのまん中に魔法陣が現れると、アスレイのパワーワードと共に
死霊達は土へと帰っていった。
「ざっと、こんな物ですわ」
「すっごーい。さすが優等生」
「当然ですわ」
「けど、これだけ隙が大きかったら、実践向きの魔法じゃないね」
「一言多いですわ召喚獣」
「あーそりゃどうも」
「ちょ、ちょっとアスレイ、押さえてよ」
「どうして私を押さえますの」
「い、いや…その…」
「言いやすかったのね〜」
「より近い人を押さえる方が喧嘩になりにくい」
「…え、ええ……」
「！ちょ、ちょっと何これ…」
「何これって…ああ、電波の状態が安定してない」
「ごめん、この世界にとどまれないみたい…状態が安定したら後で呼んでね」
「う、うん…」
「何が起きてるんですの？」
「わからないけど…」
「まるで、死霊の森の時そっくりだと言いたいのでしょう」
「あ、リンクスさん。こんにちは。
ええ、そうですよ。でもなんでリンクスさんがそれを知ってるんですか？
死霊の森で起きたことは、アスレイと僕と、二人だけの秘密のはずなのに」
「もちろん、私もそこにいたからですよ」
「リンクスさんもいたんだ。じゃあ、リンクスさんに頼めば良かった」
「そうかもしれませんね、でも、頼まれても何も出来ませんよ」
「そうかな。リンクスさんだったら…」
「そうですよ。なぜなら、…電波を妨害してたのは、私ですから」
「え？それって…」
「鈍い人たちですね。王都から来た医者というのは世を忍ぶ仮の姿。
私は、三魔将が１人、死霊使いのリンクスなんですよ。
…さて、そろそろ、あなた方には死んでいただきましょうか。
ふふ、あなた方の死霊を使って、ホートウィッシュの城門を開けさせていただきましょう。
後は住人を殺せば殺すだけ死霊が生まれる。そのままホートウィッシュを死霊の街といたしましょう。
簡単、かつ合理的な作戦だ」
「リンクスさん。そんなことは僕たちが絶対させない！」
「あなたに何が出来るんですか？頼みの召喚獣は、電波が届かない限り決して呼び出せないのでしょう？
あの天の雷の放つ電波に妨害されては、ケータイデンワが異世界につながることはありませんよ」
「アスレイ、すぐに逃げて。
ここはなんとか僕がするから」
「あ…ああ……」
「アスレイっ！いいからっ！」
「美しい図ですね。でも、落ちこぼれ相手に負ける私ではないんですよ」
「ぐあっ！」
「ほお、致命傷はかわしましたか」
「だてに卯月にしごかれてないからね」
「ですが、私の武器には毒が塗ってありますから、解毒しなければ２，３時間で
死んでしまいますね」
「な、…くそっ、体が…熱い…」
「ふふ。アデルバート本人ではないにせよ、その息子を殺す…いえ、死霊として
使役する。復讐としては完璧だ。ははは…」
（これで、終わりですの？
私は、こんどもまた、何も出来ずただ見てるだけですの？
私は、最後まで、紙の上の天才で終わってしまいますの？
…否！断じて否！私は…今こそ、私の死力を尽くす時ですわ）
「…聞け偉大なる水の王…」
「？アスレイ、一体何を始めるつもりです。
その呪文は大精霊召喚のようですけれど、魔法陣の準備もなく
晶石の支援もなく、そんな召喚出来る訳がないでしょう。
おとなしく…まさかっ！」
「古の盟約に従い、来たれ精霊王アクオス！」
大精霊召還陣が現れる。
大精霊召喚。噂には聞いたことがあるし、実は僕も一度だけ
師匠に言われて召喚したことはある。
だけど、あのときの召喚は、使役召喚ではなく質問のための召喚だった。
使役召喚と質問のための召喚じゃ難易度は段違いだ。
質問のための召喚なら、話さえ出来ればいいけど、使役召喚となると
ちゃんとした魔法陣で魔力の暴走を押さえ、大精霊に自らの意図を理解してもらい
さらに大精霊を自分の意図通りに働かせる必要がある。
だから、常識的には、強力な晶石に設置場所から考え抜いた魔法陣が必要になる。
今、アスレイが行った召喚は、そのどちらでもない。
「い、いでよ妖魔ども、私の命に従って…」
「存在すべからざる者よ。我がさばきにて不浄を流し土へとかえるがよい」
す、すごい…さすがは大精霊。リンクスさんが呼び出した死霊をあっという間に
洗い流してしまった。…いや、リンクスさんの姿さえもう見えない。
「…願いは成就した。ではさらばだ」
「あ、ありがとう…水精王…」
リンクスさんの姿が消えると共に、ケータイデンワへの電波も戻った。
すぐにマキさんを筆頭にみんなを呼び戻す。
「ご、ごめんマキさん、すぐに手当して…」
「あら〜毒を受けたのね〜いまいたいのいたいのとんでいけ〜してあげるわ〜」
「マキさん年いくつ…」
「ちょっと卯月ってば」
「…これだけ動けるなら毒はたいしたことない。
むしろ、こいつが問題」
「……あ、あの……大丈夫…です……か…」
「アスレイ、大丈夫？けど、すごいねアスレイ。さすが主席。
僕どころか、師匠だってこんなすごいこと出来るかどうかわからないよ」
「…あ、召喚獣達…。では、召喚は上手くいきましたのね…」
「そうだよ。もう精霊王は元の世界に帰った」
「あなたも……無事ですのね……」
「もちろん。アスレイのおかげだよ」
「毒消ししたのは〜おねーさんだけど〜。
けど、アスレイちゃんも、よく頑張ったよ。お姉さんはな○あげちゃおう」
「…あなたが…無事で…よか…っ…た………」
「アスレイ！ちょっと、アスレイ！」
「つかれて気絶してるだけ。命に別状はない」
「あ、あの…お姉ちゃんは…お医者さんじゃないんだから…」
「それより、早くここを離れましょう。
時間が経つと、補給部隊から取り残されてしまうわ」
「まどかの言うとおりだね。ほら、アスレイ貸して。
ボクが背負って輜重隊に追いついてみせるから」
「う、うん…ありがとう、卯月」
アスレイのおかげで、僕たちはなんとか無事にホートウィッシュに帰ることが出来た。
だけど、その代償は、アスレイだ。
ホートウィッシュに帰ってきたというのに、アスレイは気を失ったままなんだ。
アスレイは、僕を救う方法を見つけてくれた。
こんどは、アスレイを救う方法を僕が見つける番だ。