召喚少女別伝
【第九章】
大天才？死神？我が父アデルバート
僕の名前は、コオル・リアロ。マグストラタム学園の三年生だ。
卒業するか、退学になるか、二つに一つ、天国に昇るか地獄に落ちるか
二つに一つ、僕の人生を決める、運命の卒業試験も、もう目の前に迫ってきている。
だけど、今の僕には、そんなことさえどうでもいい。
アスレイが死にかけてるんだ。アスレイを救う方法を見つけ出さないと。
「で、一体どういう理由でアスレイが魔力を使い果たした状態で担ぎ込まれてきたんだい？
一から説明しなバカ弟子」
「なにから説明したらいいかわからないけど…。とりあえず、レッジを軍に送ってきた帰りに
魔族の遊撃隊に遭遇して、僕が死にかけ…」
「………おまえ、絶対軍人には向いてないね。やっぱり、研究職に進むべきだよ」
「え？師匠、それってどういうこと？」
「学園の生徒が死にかけたんだ。ギルドの方からも報告は来てるよ。
アスレイが勝手に深追いしたのが発端だろ。
で、なんでアスレイを止めなかったんだ？…って、まあ、おまえが答える前に
言っておいてやるか。それは答えなくていい。
けど、軍人志望の奴には、こういって注意してるところだよ。
”報告は簡潔に、かつ、重要な点は省かずに”ってね。
軍で一番重要なのは、戦いに強い事じゃない、正確な情報を持ち帰ることさ。
研究職だって情報が正確でなきゃならないのは一緒だよ。
あたしがなにを聞きたいかじゃなくて、事実は何かってことを意識しな」
「はーい」
「それで、一体どういう理由でアスレイが魔力を使い果たしたんだい？
それはギルドからの報告じゃよくわからないからね。その場にいた
おまえが説明しなきゃ、わからないよ」
「えと……どう説明したらいいのかなぁ？」
「あーもう、きっちり時系列に沿って話しな。
まず何が起きて、次に何が起きて…って」
「だったら、まず最初にアスレイが死霊の気配を感じとって、それを追いかけていったんだ」
「それで？」
「僕たちは、アスレイを追いかけていった」
「ふむ」
「そしたら、そこに死霊の集まりがあったから、アスレイが逆召喚で浄化したんだ」
「それから？」
「そこに、三魔将の1人が現れて…」
「…現れて？」
「…見間違いかもしれないけど…三魔将の1人っていうのが、リンクスさんだったんだ」
「それで」
「それで、リンクスさんに、毒のついた武器で僕が切られて、死にかけて…」
「………それで」
「リンクスさんに、まどか達の召喚妨害を受けてたおかげで、僕が何も出来なかったから
アスレイがアクオスを召喚して、その場を切り抜けてくれたんだ。
それで、リンクスさんの姿が消えた後で、まどか達を呼び出せるようになったから
まどか達を呼び出して、補給部隊と合流して、ホートウィッシュまで帰ってきた。
僕の話はこれだけだよ」
「はー、なるほどね。大精霊を晶石もあらかじめ用意した魔法陣もなしに召喚したってわけだ。
よく生きて帰ってきたね。そんな無茶したら、あたしでもぶっ倒れるよ。
まあ、ゆっくり静養すれば、いずれ魔力も戻るだろうさ。けど、後遺症が残らないって保証はないね。
ずっと気絶したままだと、栄養がとれないから、体力の方が持たない可能性もある」
「なにか方法はない？」
「王子様のお目覚めのキスで目が覚めりゃ苦労しないんだけどねぇ。
そんな上手い話もないよ」
「外部から魔力供給して目覚めさせるとか、出来ないかな」
「不可能じゃないね。けど、あたしは推奨しない。失敗する可能性が高すぎる。
失敗すりゃ、逆にアスレイが死んでしまうよ。まあ、……あと、一つ方法があるにはあるけど
ありゃアデルバートでもなきゃ無理だ」
「アデルバートって、お父さんだよね、一体どんな方法があるの？」
「血液中に直接栄養を送り込むのさ。気絶してても心臓は動くからね。
そういう方法があるのはあたしも知ってる。けど、やってるところは見たことがない。
アデルバート自身、理論は知ってても方法は知らないんじゃないかな。
まあ、書庫でも調べてみることだね」
「お父さんの残した情報だよね」
「ああ、そうだよ。とりあえず当たってみるといい。
…けど、見つからなきゃ直ぐに晶石集めに方針を切り替えな。
魔力供給の方を試すからね」
「失敗のリスクが高すぎるんじゃないの？」
「おまえね、あたしをなんだと思ってるんだい？
魔力供給が危ないってのは、おまえが自分でやる場合さ。
呼び出したのはアクオスなんだろ。水の大精霊ってわかってりゃ対処法はある。
アクオスを呼び出して、魔力を還元すればいいのさ。
大精霊召喚は、あたしでも大仕事だからね。魔法陣を組んで、場をきちんと浄化するのに
相応の時間は掛かるよ。最近は晶石も戦争の影響で貴重品になってきてるから
手に入れるのは手間だろうね。…ま、そう心配はすることはない。
一日ありゃ十分さ。その一日、アスレイが持ちこたえるかどうかは、別だけどね」
「不安になること言わないでよ！…お父さんの残した資料って、全然整理してないから
一日で探してみつかるかなぁ…」
「出来ることがなきゃ、そばにいてやんな。
すこしは違うもんさ」
「う、うん…」
そういうわけで、僕の家に帰る。
アスレイは僕の部屋のベッドで眠っているんだ。
アスレイは学校の寮で暮らしてるんだけど、寮に返すより
僕の家に寝かせておく方がいい、というのが、師匠の意見だ。
アスレイが気絶してるのを運び込むのを見られると、騒ぎになるからだって。
けど、アスレイが僕の家にとまってたら、別な意味で騒ぎにならないかなあ。
「ならないかなあ、じゃなくて、とっくになってるわよ」
「あ、ルテジア、来てたんだ」
「来てたんじゃ、じゃないでしょ。アスレイほっといて何やってるの」
「ほっといて何かしてるわけじゃないよ。師匠に相談してきたんだから」
「あ、そ。で、何かいい知恵出してもらった？」
「しばらく休んでいれば治るけど、それまで体力が落ちないようにしないといけないんだって」
「体力落とすなって言われてもね…。あたしも、体力がつくような薬草は持ってるけど
気絶してるんじゃ、食べさせる方法なんてないわよ」
「そうだ、師匠が言ってた。お父さんが、血液中に直接栄養を送る方法を知ってたんだって」
「へー、そりゃすごいじゃない。で、どうやってやるのかわかる？」
「師匠にも全然わからないらしいんだ。お父さんだって、知ってるだけで実際に
やったことはないんじゃないかっていうし…」
「そりゃまそうか。アデルがやったことあるなら、ビルギエッタが出来ないわけないもんね」
「師匠ってそんなすごい魔導師なの？」
「理論のアデルバート、実践のビルギエッタって言われてたわね。
これに直感の綾子を加えた３人で、グエイン派の向こうを張る
アデルグループを形成してたわ。
あまりにぶっとびすぎで、あの３人以外ついてこれてなかったけど」
「ぶっとんでるって、どういう風に？」
「一般的な魔法理論じゃあり得ないようなことをやってたのよ。
あんたが使った、対死霊用の魔法だってそう。炭素の棒に雷撃魔法を組み合わせて
太陽光を作るなんて発想、普通の魔導師じゃ思いつくはずもないわ。
他にも、泥から錆びない銀を作り出すなんて実験とか、遠距離通信実験とかやってたわ。
写真なんてのも作ってたわね」
「あ、それなら倉庫の中にまだあるはずだよ。お父さんがいた頃は暗室で現像を手伝ってたっけ」
「そうね。あたしも持ってるわ。…けど、そんな魔法、どこから思いついてるって思う？」
「うーん…どこだろう。お父さんは資料を楽々読んでたけど、僕には全然読めないから…」
「…て、ここでのんびりしててもしょうがないでしょ」
「うん、師匠は、僕に晶石を集めておくように言ってたんだ。
大精霊を召喚して、アスレイに魔力を補給してくれるんだって。
だけど、晶石も手に入らないらしいから…」
「そこまで、王国軍も追い込まれてるんだ…。
晶石は触媒で大量に必要だから、軍への補給で優先的に消えるもんね」
「うん…じゃあ、アスレイの事はお願いするよ。僕は今から電話掛けてみんなを呼んでくる」
「それがいいわ。人数が多ければ、それだけ早く集まるでしょうしね」
「うん……えと、今の時間だったら、いるのはマキさんかな？」
999#223620っと…
『はーい、マキさんですよ〜』
「あ、マキさん、ちょっと晶石集めに行きたいんだけど、大丈夫？」
『あらあら〜アスレイちゃん置いてクエストに出ちゃうの〜。おねーさん感心しないな〜』
「これはアスレイを助けるためなんだよ。血液に栄養を直接入れる方法があれば
いいらしいんだけど、それが無理だから、大精霊を召喚して、アスレイに魔力を供給しないと
いけないんだ」
『…えと、アスレイちゃんの血液中に、直接栄養を送ればアスレイちゃん助かるの？』
「うん。…体力さえ維持できれば、いずれ魔力も戻るって師匠は言ってるんだ。
だけど、体力が落ちてしまうと命に関わるって…だから、出来るだけ早く
晶石を集めて、師匠にお願いして、大精霊の召喚をやりたいんだよ」
『うふふ〜なんだ、そんなことだったんだ』
「なんだって、マキさん、なんてことを」
『あら〜ごめんね。そういう意味じゃなくて、そっちの世界には
お注射も点滴もないって気がつかなかったのよ〜』
「注射？点滴？」
『ちょっと３０分だけ召喚をまってくれないかしら〜。それまでにお姉さん、準備しておくから〜』
「う、うん…まあ、マキさんがそういうなら…」
３０分後。
「おまたせ〜。さあ、アスレイちゃんを助けるわよ〜」
「助けるわよって、マキさん、それ一体なに？」
「なにって、見るのは初めてかしら〜」
「…あたしも見るのは初めて。それ一体なに？」
「だから〜お姉さんがアスレイちゃんに点滴してあげるの〜。
院長先生にお願いして借りてくるの、大変だったのよ〜」
「そういえば、マキさんって、獣医さん志望じゃなかったっけ？」
「人間のお医者さんにも知り合いがいるから大丈夫〜。
さてと、アスレイちゃんの血管は…っと、注射針も予備を用意してるし…」
てきぱきてきぱき。
マキさんは１人で針を…針っ！
「マキさん、一体何を」
「黙ってみてる。お姉さんを信用しなさい」
「う、うん…」
マキさんがアスレイの腕に針を突き立てる。
その針は、透明なチューブにつながっていて、そのチューブは透明な袋につながってる。
その袋をマキさんがベッドの天井にぶら下げると、マキさんは何か調節した。
「これで大丈夫〜」
「ええと、マキさん、一体なにをしたの？」
「なにって、点滴。血液中に栄養を送ってあげてるの〜」
「…………マキさんって、師匠以上の魔法使いだったんだ」
「うふふ〜すごいでしょー、って、本当のことをいうと〜魔法でもなんでもないわよ。
これは、私たちの世界の医学だから〜」
「イガク？」
「まあ、細かいことは気にしない〜。それより、お菓子の新作があるから
３人一緒にたべましょ。点滴が終わったら、晶石を集めに行くわよ〜」
「う、うん」
「ほら、お姉さんが大丈夫っていうんだから大丈夫。
こうみえても、おねえさん、獣医さん見習いで、看護師さんなんだから〜」
「カンゴシ？」
「人間のお医者さんのお手伝いをする人のことよ〜。
それより、このお菓子おいしそうでしょ〜」
「うん」
「………」
「あら〜どうしたのかしら〜ルテジアちゃん〜」
「…ちょっと、綾子の事を思い出したのよね。
そういえば、綾子がこんな感じで魔法使ってたなあ、って」
「綾子さんって〜だれかしら〜」
「僕も知らないんだ。ルテジア、一体誰？」
「………マキが知らないのはわかるんだけど、あんたね…
ほんっとうに、綾子が誰かわからないの？」
「うん」
「…………あーもう、あの馬鹿親があっ！たく、あんたのお父さんって
子供に何教えてたのよ」
「うちは放任主義だったから…でも、いろんな魔法実験は教えてくれたよ。
補助魔法だって教えてくれたのお父さんだし、魔法理論だってお父さんから
教わってたから、飛び級で入学しても困らなかったし」
「けど、社会常識の方はね…。そりゃ、アデルからして非常識が
服来て歩いてるようなやつだったけどさ」
「だから、なんでそんな風にお父さんのこと言うんだよ」
「…じゃあさ、お母さんの名前、言ってごらんなさいよ」
「お母さん？お母さんって…そういえば、ずっとお母さんって名前だと思ってた」
「………」
「………」
うう、視線が痛い。
そういえば、お父さんって、お母さんを名前で呼んでた記憶がないし
お母さんがいなくなってからも、お母さんの名前を教えてくれた記憶もない。
「父親がアデルバート、母親が綾子、で、生まれた子供があんた。
ったく、母親の名前ぐらい教えておかなくてどうするのかしらね」
「うう…僕のお父さんって、魔法について暴走始めると回り見えないし…」
「子供を見ると〜親がよくわかるって〜本当ね〜」
「…あんまり反論できない。お父さんも、理論はすごい魔法使いだったけど
魔法実験は結構失敗が多かったし…」
「その分を埋め合わせてたのが、ビルギエッタね。
綾子が思いつくと、アデルが理論を作り、ビルギエッタが実践する。
特にアデルの召喚理論は、今までの召喚理論を全面的に書き換える革命的なものだったわ。
知的召喚獣なんて概念、アデル以前には存在しなかったもの。
グエイン派は、今でも、知的召喚獣の存在を否定してるみたいだけど」
「…アスレイがマキさん達に厳しいのって、そういう理由もあるんだ」
「それは〜また別だけど〜」
「なんで？」
「…やっぱり、鈍いって、時々犯罪ね…」
「そうなのよ〜」
「うう…何のことかわからないけど、点滴が終わったなら、晶石を集めに行こうよ。
とにかく、アスレイを助けるんだから」
「そうね。点滴はそろそろ終わりだから〜、さっと晶石をあつめちゃお〜」
「おーっ！」
晶石集めのお話は、省略。
べつに面白いものでもないし。
とにかく、晶石を集め終わったら、師匠に頼んで…
「もう集めてきたのかい。えらく早かったね。
けど、もう少しまちな。アスレイを動かすより、あたしが
おまえの家に出向いた方が早いだろうからね。
こっちの仕事を片付けたら、すぐいくよ。
けど…本当に、血液中に栄養を送り込むなんてことが出来たのかい。
理論的には出来るって知ってたけど、まさか召喚獣に実践出来るとは思わなかったよ。
ほら、バカ弟子。なにぼけっとつったってんだよ。直ぐに家に戻りな。
大精霊召喚ってな、そう簡単なものじゃないんだ。
特に、人助けで魔力を借りようってのは、破壊に力を使うのと違って
きちんと制御しないと、魔力を入れすぎて逆効果になりかねないからね。
もちろん…アデルの奴の理論が正しければ、別な方法もあるんだが
人の命が掛かってる場面で試してみる気にはならないね。
あたしにわかってる流儀でやるよ。
わかったら、帰りな」
「う、うん、わかったよ師匠…」
師匠に、お父さんの事を聞いてみたい気もする。
だけど、聞くのが怖いような気もする。
一体、お父さんって…。
「ああ、なんだい？まだ何か用事があるのかい？」
「あの…お父さんって、死神とか言われてるけど、それ、本当のことなの？」
「……誰に言われたんだい、そんなこと」
「ええと…リンクスさんだよ」
「じゃ、気にするな。心理的動揺を狙って口から出任せ言っただけだよ」
「そうなんだ。わかったよ、師匠」
「わかったなら帰ってやりな。たぶん、アスレイが待ってるよ」
「たぶんって？」
「帰ればわかる。師匠を信じな」
「うん」
僕が部屋の外に出た後、師匠がつぶやいた言葉。
もちろん、僕はそれを聞くことはなかった
…師匠を信じな、か。あんな大嘘言った先からよく言うよ…。
「ただいま、ルテジア。
アスレイは？」
「…起きてますわ」
「アスレイ！気がついたんだ。良かった…」
「話はルテジアから聞きましたわ。召喚獣が助けてくれたそうですわね」
「うん。マキさんが、血液中に栄養を送る魔法を使ってくれたんだよ」
「そんな魔法がありますの？初耳ですわ」
「僕も初めて聞いたけど、お父さんはそういう方法があるって知ってたんだって。
マキさんに出来るとは知らなかったけど、もうこれで安心だよね」
「…………天才アデルバートに不可能はない。
私の父を石頭呼ばわりし、グエイン派の魔法理論を、奴隷の魔法だと
いいはなった、あのアデルバートですものね。
口だけではなくて、実践も出来るんですわね」
「アスレイ、…お父さんについて、何か知ってるの？」
「知ってるの？って、今の魔法理論は大抵グエイン派の理論ですわ。
アデルグループは完全な異端で、それについて知っているとすれば
あなたか、さもなければビルギエッタ先生ぐらいでしょう？」
「僕は全然だよ。学校の講義の方を聞いても、お父さんの言うこととは違っていて
なかなか飲み込めないし…。そりゃ、試験用の勉強は、暗記してその通りに
答えればいいけど、実践となると、お父さんに教わったのが染みついてるからね」
「………そこまでわかっていて、どうして召喚に成功しないのか、さっぱりわかりませんわ。
けど…その話は、後にいたしましょう」
「うん、その方がいいよ。今までずっと気絶してたんだから。
とりあえず、何か食べる？ルテジアに頼むか、晶を呼んで何か作ってもらうから」
「いいですわ。お腹はすいてませんもの」
「だめだよ食べないと。あ、そうだ、ルテジアの体力がつく薬草があるんだった。
ルテジア、お願い」
「そうね。すこしは栄養をつけた方がいいわ。
それからゆっくり眠って。魔力が回復するには時間が掛かるでしょうけど
この調子なら、ビルギエッタに大精霊召喚なんてやってもらう必要はなさそうね」
「うん。じゃあルテジア、薬草を頼むよ」
「そのまえに…あんた、ちょっとだけ部屋の外に出てなさい」
「え？なんで？」
「ずっとアスレイは服をきたっきりでしょ。着替えさせるから」
「あ、そっか。わかったよ、準備が出来たら呼んで」
「そうするわ」
「はい、これでよしっと」
「ありがとうございます、ルテジアさん」
「お礼はいいわよ。じゃあ、あたしはそろそろ帰るわ。
…ま、一日ぐらいソファーで寝ても死にはしないでしょ。
アスレイにベッド貸してあげるのよ。じゃあね」
「うん、そうするよルテジア」
ルテジアは自分の家へ帰っていった。
部屋の中には、アスレイと、僕と、二人だけだ。
「…少し、お願いがありますの」
「何？僕に出来ることだったら何でも言ってよ」
「一緒に寝てもらいたいんですの。…なんだか、不安で眠れませんわ」
「…はい？」
「ふふ、子供の頃は、同じベッドで寝たこともありますわよ。
何を怖がってるのかしら」
「べ、べつにそういうんじゃないよ。でも…お互いもう子供じゃないんだから」
「………子供ですわ」
「そりゃ、僕はまだ子供かもしれないけど、アスレイは違うよ」
「…逆ですわ。…私が、まだ子供なんですわ。
ですから、私の頼みを聞いて欲しいんですの」
「う、うん…まあ、アスレイがそこまで言うなら」
というわけで、僕はアスレイと一緒のベッドに入る。
いいのかなあ。師匠に知られたらなんて言い訳すればいいんだろう。
それより、街のみんなに知られたら、一体どんな噂を立てられるか。
「……やっぱり、あなたが一緒にいると落ちつきますわ」
「そうかな？僕はかえって落ち着かないけど」
「それは、もしかして、”どきどきする”んですの？」
「そ、そりゃまあ…そういう言い方をすれば、そうかな」
「ふふ。…私も、どきどきはしますわよ」
「…そ、そりゃまあ…僕だって一応は男なんだし、アスレイは
女の子だし、同じベッドなんだし…」
「１０年前には、そんなことおっしゃいませんでしたわ」
「あの頃は全くの子供だったじゃないか」
「ふふ、そうですわね…あの頃、あなたのお母さんやお父さんと一緒に
あなたも良くうちへ遊びに来てましたわ」
「そんなこともあったかな。…うーん、良く覚えてない」
「そうですの？私はよく覚えてますわ。あなたの父と、私の父とで
魔法理論について論争してましたわ。
いつでも、最後には、ビルギエッタ先生が来て、無理矢理引き分けさせてましたっけね」
「よく覚えてるね、アスレイ」
「父がいつでも話してくれましたわ。まったく、惜しい人を失ったと。
自分はあの理論は信じられないが、あの夫婦こそは、セルディアーシュの
魔法を１００年分、一気に進めることのできる、大天才だとね」
「アスレイのお父さんだって、すごい魔法使いじゃないか」
「自分は所詮過去の遺産を受け継ぐ大凡人に過ぎない。
天才とは、アデルバートのことだ。それが口癖ですわ。
ですけど、天才には天才なりの悩みがあったようですわね。
父にだけは、あなたの父も、うちあけていたみたいですが」
「それってどういう事なの？お父さんの事について、何を知ってるの？」
「…あなたの母が行方不明になってから、あなたは王都を離れて
ホートウィッシュに引っ越してしまいましたわ。
あれから数年、音信不通だったあなたの父、アデルバートが
ふらりと、うちを訪れましたわ」
「…一体どういう用件で」
「死神はこの世界を去ることにする。…子供の事は心残りだが
死神の子として育つよりは、親のない子になるほうが、ましだろう…と」
「死神って？…師匠は死神アデルっていうのは、リンクスさんの口から出任せだって」
「………余計なことを言いましたわ。さきほどのことは忘れてくださらないかしら」
「だめだよ。絶対にダメだ。アスレイ、教えてよ。…知っていることがあるんだったら」
「ふふ。やっぱり、私だけではなくて、あなたも子供ですのね。
父や母のことが、一番大事なのですわ」
「そりゃ当然じゃないか。…だって…お父さんお母さんなんだから…」
「ええ、………ですけど、聞いたら、きっと、後悔なさいますわよ」
「聞かないことを後悔するぐらいなら、聞いて後悔する方がいいよ」
「なら、続きをお話ししますわ。ですけど、私も詳しいことは知りませんの。
ただ、１５年前、魔族との戦闘が再開されたとき、私の父と、あなたの父は
二人とも、アウソラソクの投入に反対したそうですわ」
「あれって…確か、世界を焼き尽くしたという、発掘兵器だよね」
「ええ、魔族にも同じような兵器、スルトーンが存在するという噂ですわね。
だから、父は反対したのですわ。お互いに取り返しのつかない被害を受けることになると。
ですが、軍は緒戦に確実に勝利すべきだと、強引に投入を決めようとした。
そのとき、あなたの父、アデルバートは、とんでもない事を話した、らしいですわ。
”アウスラソクのような、がらくたを使う必要はない。自分に任せてくれれば
一ヶ月で魔族の本拠を壊滅させる”………
大言壮語としか思えませんけれど、アウスラソクの投入の準備に一ヶ月はかかる予定でしたから
陛下は、アデルバートにやらせてみようとおっしゃられました。
…そして…………アデルバートは、本当に、やってみせた。
完璧に。アウスラソクを投入してさえとても出来ないだろうと思えるほど、完全に
魔族の都を滅ぼしてしまったそうですわ」
「…………」
「…あくまで、噂の話ですから、どこまでが本当かはわかりませんわ。
ですけど、あれ以来、アデルバートは、決して軍のために魔法を使おうとはしませんでしたし
軍へのいかなる協力も行おうとはしませでしたわ。
それが、父から聞いた、アデルバートが、死神と呼ばれる理由ですわ。
…やはり、聞かない方がよろしかったかしら」
「…………ううん、教えてくれてありがとう、アスレイ。
だから、リンクスさんは僕のことをあんなに恨んでたんだ。
……………だけど……」
「だけど？」
「だけど、リンクスさんだって、この街にいるときには、あんなにみんなに優しくしてくれたし
みんなも、リンクスさんを信頼していたんだ。
きっと、魔族と人間とは、わかり合えないってことはないんだよ。
たぶん………」
「……けど、私たちには、どうにも、出来ないことですわ」
「うん…戦争を止めさせる力なんて…僕には…」
「まずは、卒業する力を手に入れることですわね」
「うん、そうだね」
僕たちは、そのまま二人、子供の時の話をしながら眠った。
そして、朝が来たとき、子供の時、アスレイの家に遊びに行ったときのように
二人で目を覚ました。
だけど、…今はもう、子供じゃないんだ。
目を覚まして、ベッドから抜け出して、学園の制服に着替えて、それから
学園に向かう。
学園で、今までのことを師匠に話し、アスレイは、師匠から、魔力の補充を受けて、自分の寮に帰った。
だけど、師匠にも、お父さんの事を、アスレイから聞いたとは、話さなかった。
きっと、師匠には、僕がそれを聞いたってことを言っちゃいけないような、そんな気がしたから。
とにかく、卒業だ。
なんとなく、今までのやりかたで召喚に成功しなかった理由が
わかったような気がする。
…僕の召喚魔法なんだから、僕の…お父さんから学んだ、僕のやり方でなければ
付け焼き刃じゃない、本当の僕の力での召喚でなければ、通用しないんだ。
回り道したけど、やっと、本当に正しい道を見つけたんだ。
あとは、実践だけだ。