私の名前は、アスレイ＝グエイン。マグストラタム学園の教官ですわ。

 

あの方の卒業試験から、もう半年が過ぎ去りました。
もちろん私にも卒業試験がありましたが、私があの程度の試験に落ちるはずがありません。
ですが、あの方は、アデルバートグループの召喚術を、あえて卒業試験で
やってみせると意気込んでました。そして、成功させましたわ。

 

王立魔法学校では落第でしょうが、ここでは、先生がたもむしろ
その独創を褒め称えてました。ビルギエッタ先生の教え方が良かったのだとも言われましたけれど。

 

私もずっとつきっきりで協力してまいりました。私の協力が多少でも
あの方の助けになったのなら、それで私は満足するつもりでした。
ですが、あの方は、アデルバート流の召喚術で下級精霊を呼べるようになった後も
アデルバートの遺産の研究を続け、ある日、私を置いて、アデルバート流召喚術の
新たな高み、アデルバートの遺産の神髄を試すと言って、修練場へと、私を置いて出かけていきました。

 

あれから数えて４ヶ月。あの方は修練場に行ったきり、いつまで経っても帰ってきません。
私の手元に残されたものは、あの方が出かける前に、自由に使って良いと言われた
あの方の家と、そして、あの方から、うまく行ったら連絡を入れるから、といって
渡された、携帯電話だけです。

 

使い方は、あの方が説明してくださいました。
途中で契約が切れそうになったら、セールスマンに継続使用料を
支払っておいて欲しいとも頼まれましたわ。
決して安い金額ではありませんでしたが、 あの方の頼みであることを思えば
安いものです。

 

ですが、今になって、ビルギエッタ先生の言葉が心に突き刺さります。
『あんなものを覚えると苦しむことになるよ』
その苦しさが、こんな形で表れることになるとは、想像もつきませんでした。
ただ違ったやり方で精霊を召喚する。それだけのことだと思ってましたのに。
まだ、その先があったとは、私には、想像することもできませんでした。

 

あの方は、やはり、アデルバートの息子。アデルバート氏自身が、ある日完全に姿を
消してしまったように、あの方も、召喚魔法に魅入られて、いなくなってしまったのですわ。
アデルバート氏のように、決してあの方は帰ってこない。永遠も返してはくれない。
そう、毎日自分に言い聞かせます。
ですが、いつでも、自分の心がそれに反論します。
あの方は必ず帰ってくると誓いを立てて出かけていった。
だから、今日こそは、必ず帰ってくるはずだと。

 

朝にはその希望を持って学園に出かけ、夜には失望を抱いて眠る。
一体、あと何回、こんな日を繰り返せば、あの方の事を、忘れられるのでしょうか。

 

？………携帯電話が鳴ってます。
どうしてでしょう。

 

「もしもし、こちらアスレイです。あの方でしたら…」
『やった、やっとつながった。アスレイ、覚えてる？僕だよ』
「！…あなたですの？今、どこにいますの？あなたは…」
『ごめん。話せば長くなるけど、今はそんなこと言ってられないから
　ちょっと待ってて…ええと…』

 

これは、夢でしょうか。それとも、幻覚でしょうか。
確かにあの声は、忘れもしない、あの方の声です。
ですけれど、どうして携帯電話からあの方の声が聞こえるのでしょう。

 

召喚魔法陣？いえ、ちがいます。これはむしろ”月”あるいは大決壊に近い存在です。
空間の切れ目が目の前に生まれています。これは一体？

 

「ただいまー。やっと魔法が完成したよ」
「……」
「あれ？アスレイ、どうしたの？」
「…このばかっ！私が…私がこの４ヶ月、どんな思いで待っていたと思ってますの？
　私は…私は…」
「ごめん、アスレイ。…僕だって、４ヶ月も戻ってくるのかかるとは思わなかったんだ。
　ちょっと、２，３日だけ、まどか達の世界に行ってくるだけのつもりだったんだけど
　向こうの世界ってこっちとあまりにも違いすぎて、ほとんど行き倒れかけちゃって
　携帯電話を持って行けばよかったとおもったけど、なんとか警察ってとこから
　まどか達に連絡を取って…」
「…それ、本当ですの。召喚獣の世界に行ってきましたの」
「本当だよ。…向こうの世界から、こっちに帰る魔法陣を作るのに４ヶ月掛かっちゃったんだ。
　僕が思ってた以上に魔法密度が低くって…晶石を持って行っておいてよかったよ。
　魔法陣に少ない魔力素を集めるのに３ヶ月掛かっちゃって。
　あ、ほら、アスレイにおみやげ…」
「…あなたは、本当に何もわかってないんですのね。
　どうして私を置いてそんなところへ行ってしまいますの」
「…アスレイ…ごめんってば。…僕だって、アスレイがどんな気持ちで待ってたか
　わからない訳じゃない。父さんだって、こんな風に、唐突に消えてしまったんだ。
　だから、父さんがどうして失踪してしまったのか、その理由をどうしても見つけ出したかったんだ」
「…自分も失踪したきりになるとは、思いませんでしたの」
「…思わなかった。必ず、帰ってこれる自信はあったんだ。
　たとえ父さんには不可能だったとしても、僕になら出来るはずだって」
「ずいぶんな自信ですわね。そんな確信が、一体どこから生まれてきましたの？」
「だけど、僕は帰ってきたよ。…アスレイとの約束通り。
　…もう一つ、アスレイに約束する。…もう、向こうの世界には自分が出かけないって。
　まどか達にも、そういって、お別れしてきたんだ。
　卒業したあと、携帯でお話は出来ても、召喚は出来なくなっちゃって。
　召喚する方法も探してみたかったんだけど、それより、父さんがいなくなった理由を
　見つけ出したくって、そっちを優先してやって、理由を見つけることが出来た。
　もう、僕にはそれで十分だよ。
　あ、そうだ、僕は…」
「約束ですわ。…もう二度と、私を置いてどこかに行ったりしないで欲しいのですわ。
　あなたは…あなたは…」
「…約束する。必ず帰るって誓いを立てたように、誓いを立てるよ。
　もう二度とアスレイを置いてどこかに行ったりはしない」
「……言葉、だけですの？」
「………ええと…」
「…ちゃんとした誓いを、立ててください」
「……うん…わかった」

 

あの方は、そういうと、そっと私を抱きしめてくださいました。
私はそっと目を閉じます。

 

「…アスレイ。これで、信じてくれる？」
「…まだ、足りませんわ。」
「足りないって…」
「…愛の誓いを立ててくださらなければ」
「愛の誓いって…………」

 

本当にあの方は、私が何を言っているのかわかっておられないようです。
鈍いというのは、時々犯罪だというのは、本当のことですわ。

 

仕方がないので、私の方から、誓いの口づけを、そっとくちびるが触れる程度に。

 

「…こういう事ですわ」
「……ええと…」
「あなたからしてくださらなければ、誓いになりませんわ」
「…わかったよ、アスレイ」

 

あの方が私の瞳をまっすぐに見つめます。
私もあの方の瞳をまっすぐに見つめます。
そして、そのまま、あの方は私に誓いの口づけをくださいました。

 

あまりに不器用な、不器用すぎる、けれど、それだけに気持ちの伝わる、本当の口づけを。

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　〜fin〜

 

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