翌日、僕らは藍仙高校へと向かっていた。
僕の足取りは重く、橘さんの足取りは軽く、そして忍の足取りは迷いを含んで。

「恵くん、どうしたの。藍仙高校に行くのは初めてじゃないでしょ」
「初めてじゃありませんけど、今回はちょっと、どう切り出していいものやら……」
「犯人がわかったっていうけど、私には誰が犯人なのだかさっぱりだわ。桃井君、あなた、私を担いでるんじゃない」
「そんなことはないよ。動機が忍の言うとおりなら、犯人は一人しかあり得ないんだ。
　ただ、それを犯人に認めさせる方法がない。そして、犯人が認めたところで、僕たちが11人のあとを追わない、っていう
　保証はさらにない。僕らは最高に危険な状態にある。……如月さんと一緒に、遠回しな話から入るのが、僕の思いつく
　ぎりぎりの安全保障なんだけど、たぶん、核心に入る前には如月さんには席を外してもらうことになるだろうから、そうなると
　完全に僕たちの身の安全を守ってくれる方法なんてないんだ」
「それで、犯人は誰なの」
「誰って……まだ、早いよ」
「早いって……」
「忍はうすうす感づいてるんじゃないかな、それだけ独力で調べたのなら」
「調べたのならって、彼に巨大な組織を動かすようなバックのある人物の知り合いはいないはずよ」
「そう、彼にも、藍仙高校の中にもそんな人物はいない。巨大な組織を”動かす”存在はね。
　だけど、一人、巨大な組織が保護しようとする人物はいるんだ、そして、巨大な組織が保護しそうな人物はほかにもいる。
　暴走したら止まりそうにない人物も……だから、怖いんだ」
「何が怖いの？」
「彼女が何を考えてるか、僕にはまったく見当もつかないから」
「彼女？」
「そう、彼女」

僕らは、そんな会話をしながら、藍仙高校の校門をくぐった。

「こんにちは、橘さん、桜田さん、桃井君」
「こんにちは、如月さん」
「今日は3人そろってなんの用事なの？　11人失踪事件の合同取材って聞いたけど」
「やっほー、青葉いる？」
「あ、霰、どしたの？」
「ん？　なんかよそからお客さんが来るって青葉が言ってたじゃない、どんな人が来るのかなって」
「どんなって、桜田さんにあうのは霰は初めてかな、こっちが此花学園の桜田忍さんだよ」
「桜田忍です、はじめまして」
「はじめまして桜田さん、私が霰＝P-7＝アインハルト、霰です、よろしくね」
「こちらこそよろしく」
「それで、11人失踪事件について、何かわかったことがあるんですか？」
「わかったことというか……警察も、11人失踪事件について調べてないわけじゃない、ってことはわかりました」
「そうなんだ、でも、犯人の似顔絵とか全然出てきてないよね」
「そうね、霰さん」
「犯人を刺激しないよう、公開捜査には踏み切ってないそうよ」
「ふーん、そんな凶悪犯なんだ」
「11人を問答無用で失踪させるような相手だからね。細心の注意を払わないと」
「そうですね」
「ほかには何かわかってることがあるの？」
「……11人失踪事件の前日に、藍仙高校の一年生が暴行死してることがわかったわ」
「そうなんだ。それと11人失踪事件と関連があるの？」
「関連があるかどうかは……わからない」
「わからないんだ」
「だけど、関連があると、思ってる」
「どうして？」
「如月さんは、ちょっと席を外してくれないかな」
「私がいない方がいい話？」
「ええ、ちょっと、ね」
「青葉、ちょっと先生のところに行ってお茶もらってきてくれる？」
「えー、霰が行ってくればいいじゃない〜」
「でも、恵くん達は、霰に用事があるって言ってるんだよ」
「わかったわよ。すぐに戻ってくるからね」
「お願いね」
「あとで借りは返してね」
「ちゃんとカンニングさせてあげるから」
「あはは、そうまでしなくっていいって、じゃ、行ってくるね」

そういうと、如月さんは、部屋を出て行った。
これで、このこの部屋、新聞部の部室の中は、霰さんと、僕たち3人だけになったわけだ。

「それで、1年生の暴行死と、11人失踪事件と、どんな関連があるの？」
「ここに来る前に、忍に頼んで調べておいてもらったんですよ、この学校からの、弔問客の中に、霰って名前の人がいないかどうかをね」
「それで？」
「授業を抜け出して、弔問にいってますよね」
「それで？」
「……行きましたよね」
「行ったよ、手ぶらで行っちゃった。お香典を上げるのが礼儀だったんだよね。けど、お小遣い100円しかないから
　のし袋を買ったら中身が空になっちゃう」
「そうですね」
「それと、失踪事件となんの関係があるの？」
「失踪事件は、完璧なんです」
「何が？」
「証拠が何もない、日本の警察が手も足も出ないぐらいに」
「それで？」
「僕たちは、その理由が、SC空間で消去されたからじゃないかって疑ってるんです」
「……」
「そんなことができるのは、……オーギュメント使いか、ディゾナントか、どちらかしかないんです」
「それで？」
「それで……」

目の前の霰さんには邪気がない。澄んだ赤い瞳の片方は、空木研究室で見たコアブレインと同じ文様が刻まれている。
これは、アインハルト先生と同じ瞳。P-3さんと同じ瞳、それは、きっとディゾナントの証。
それは推理でわかること。だけど、だ。……犯罪者は今まで何人も見てきた。
みんな、犯罪者はどこかに影があった。だけど、この無邪気さはどうだ。本当に彼女が犯人なのか？

いや、彼女しか、ありえないんだ。

「……動機と、能力。その二つを兼ね備えた人物は、一人しか思い当たらないんです」

サイは投げられた。

「……誰のこと？」

「あなたです、霰さん」
「あー、ひっどーい、証拠もなしに人を疑うんだ〜」
「恵くん、確かに霰さんの言うとおり、何も証拠はないわ、アリバイも全くないと思うけど……」
「アリバイは出しようがないわね橘さん、なにしろ、犯行時刻も、犯行現場も、まったくわからないんだから」
「犯人じゃない証明もやりようがない証明って、こうなると悪魔の証明だよね☆」
「そうなりますね。能力と動機だけで疑いを掛けてるんですから」
「だけど、法的に有罪にするつもりなら、能力と動機だけじゃなくて、能動的に有罪にする証拠がいるよ」
「自白する気にはなりませんか？」
「嘘つくとP-6に晩ご飯抜きにされるからだめー」
「じゃ、本当のことを話してくれませんか」
「黙ってるのは嘘をついたことにはならないよ」
「……それじゃ」
「はーい、ただいま。霰、いま取り込み中？」
「ううん、大丈夫だよ、入ってきても、ありがと青葉、並べるのは手伝うね」
「それが当然でしょ。はい、どうぞ、熱いから気をつけてくださいね」
「ありがとうございます、如月さん」
「どういたしまして」

僕らの追求は、如月さんが帰ってきたことで、とぎれてしまった。
しかし、黙ってるのは嘘をついたことにならないっていうことは、……しゃべったら嘘をつかなきゃならないってこと？

「それで、霰、いったいなんの話なの」
「11人失踪事件の犯人捜しの話だよ」
「あれね。何か手がかりが見つかったの？」
「秀樹くんの敵討ちなんじゃないかっていう話」
「あ〜、なるほどね。だけど、そんな事情でやっちゃったんなら
　とっくに犯人がつかまってるんじゃない？」
「私もそう思うんだけど、3人の意見は違うんだって」
「私は、それは違うと思うな。やっぱりどっかの拉致組織の陰謀だって。
　きっと組織のみちゃいけないものをみちゃったのよ。
　そして人体改造されて怪人として世界征服の尖兵にされてるんだわ」
「あはは、まるで特撮の雑魚みたい」
「そうかもね」
「ごめんなさい、身内で盛り上がってしまって、私たちにできることがあったら何でも言ってくださいね。
　力になりますから」
「そうそう、霰ちゃんも力になるからなんでも言ってよ」
「……霰さんは、J.B.達と戦ったことは、ないんですか？」
「残念ながらないよ。その戦いには参加できなかったんだ。一応生まれてはいたんだけど」
「そうなんですか」
「P-3は参加してたのにな〜残念」
「霰さんは、戦うのが好きなんですね」
「そだよ、忍さん、私は戦う星のしたに生まれてきたんだもんね、ね、青葉」
「同意を求められても困るよ霰ってば、ロケテスト破りのために生まれてきたんじゃないかと思うことはあるけど」
「あはは、ロケテスト破りも戦いのうち」
「ゲーマーなんですか」
「ゲーマーだよ。戦いはゲームだよ。……私にとってはね」
「さて、そろそろ帰りましょうか、恵くん。それともアインハルト先生に会っていく？」
「いや、……アインハルト先生から聞いておくこともないとおもう」
「そうね、私も今日はおいとまするのがいいと思うわ」
「じゃあ、失礼します」
「気をつけてかえってね」
「じゃあね」
「お休み〜」

こうして、最初の対峙は終わった。
最初の対峙は、僕らの完敗だった。
そう、犯人は一人しかあり得ないにせよ、証拠は何もなかった。
完璧なまでに、何一つ……。

 

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