ここは、地中海のまん中に浮かぶ島、マルタ島。

平穏なときなら、風光明媚な観光の島として

多くの観光客が訪れているはずである。

 

だが、今となっては訪れる観光客などいない。

ここは、かつて〜そう、古くはローマとカルタゴの争いから

近世のオスマン帝国とマルタ騎士団との戦い、そして

近代のドイツとイギリスとの戦いで最前線の島となったのと

同じように、今、ヨーロッパを飲み込んだSC空間を広げようと

SC空間の中から現れるディゾナントを迎撃するための

最前線の島なのだ。

 

もちろん、観光客の中心をなす、ヨーロッパがSC空間に

飲み込まれてしまったために、観光客が来ない、というのもある。

 

「けど、暮らしてる人はいるんですよね、先輩」

「そうだよ立香。その人達には、疎開してもらったほうが

　いいかもしれないんだけど、４０万人の難民を受け入れて

　くれるような国もあるはずがないんだよね…」

「こんな状況になっても、世界が一致協力して脅威に

　対抗する、なんてことにはならないんですね」

「お互い、自分のりえきがあるもんね」

 

そう語り合ってるのはP-７、霰＝アインハルトと、彼女を

”先輩”と呼んで慕う能力者〜SC空間を生まれつき察知できる者〜

桂立香、の二人である。

 

P-7は、ヨーロッパを飲み込んだSC空間が、アフリカにまで広がらないよう

今や最前線となったこの島に来ているのだ。

 

「立香、『先生』が、飛行ユニットを開発する前といっても

　立香にやってもらうことはいろいろとあるからね」

「ええ、わかってます。由佳里ちゃんは、モスクワで

　壬生さんと一緒に待機しているんですよね」

「そうだよ。そして、トーヤくんとP-3、それにオリジナルの

　３人は、サンクト・ペテルブルクで待機。

　P-8とマナとシルフィは、イギリスにいるからね」

「でも、嵐のような数日が過ぎた後、少し状況は落ちついてますよね」

「そうなんだよ。イギリスの方にはHe-111もどきが飛んできたらしいけど

　私が行くより先にP-8が落としちゃった。残念」

「先輩、何億人もの人が巻き込まれてる。そして、一歩間違えれば

　世界中がSC空間に飲まれようとしている今を考えたら、ちょっと

　不謹慎ですよ」

「そうかもしれないけど、一番不謹慎なのは、K-unitの

　不正改造をやろうとした連中だよ」

「不正改造？」

「K-unitの第一世代の一つが、バイエルン工科大学に送られてるんだ。

　オリジナルから直接コピーしたものだよ。

　これが盗み出された、という報告があった翌日に、この大惨事。

　つながりがないって思えって言う方がむりだよ」

「…そうかもしれませんけど、けど、それだけでこんな大惨事になるものでしょうか」

「…そうだね。K-unitの暴走には違いないと思うけど、ただ

　それだけのことで、これほど大きな事になるほど、K-unitが

　強力だとも思わないよ。…何か他にプロジェクトがあって

　それの完成のためにK-unitが必要とされたのかもしれないとは思う」

「先輩もやっぱりそう思います？」

「…と、無駄話はおしまい。立香、新しいBlue-Ribbonを起動して。

　飛べないのは仕方ないけど、まずは敵を察知できないと意味ないよ」

「はい、先輩、先輩が姿を消すから、それを探せばいいんですよね」

「そういうこと。じゃ、訓練スタート！」

 

そういうと、霰は量子跳躍で姿を消す。

立香は、新しいブルーリボン〜立香のオーギュメント〜を

起動して、霰の姿を消した場所を探る。

 

「…先輩、方位北西微北、距離２０００ｍ…じゃないです？」

「よし、正解。じゃ次…」

 

霰の方は、存在波を感知することで、立香の位置を常に把握している。

立香にも、存在波を感知することによる、霰の位置の察知を練習させてるのだ。

 

「…いずれは、私も空を飛んで、先輩と一緒に戦いたいんですけど

　そのためには、まず自分のオーギュメントを使いこなせないといけないですよね。

　…南西距離…５メートルぅ？」

「正解。だんだん立香もこつが飲み込めてきたみたいだね」

 

笑顔で霰、つまりP-7が立香に近づく…

 

「…先輩、なんだかすごく大きなものが近づいてきます」

「え？私には…あ、見えた、なに、あれ、今までよりでっかい、なんで

　気づかなかったんだろう」

「先輩、そんなこと言ってる場合じゃないですよ」

「そうだね、よし、じゃあ私が飛んでくるから、立香はずっと戦いの様子を

　ブルーリボンで追尾すること、いいね」

「はいっ、先輩」

 

そういうと、霰は、立香が感知した巨大なもの〜巨大なSC空間から

飛び出してきた、巨大な飛行型ディゾナントに向かって量子跳躍する。

 

「よし、まずは足止め…SC空間展開！」

 

これは、すでに確立された戦術といっていい。

ディゾナント相手に通常空間で戦うのはあまり、利がない。

通常空間では、ディゾナントは自分の任意の存在波を出して

通常空間での状況を無効に出来る。ディゾナントの占める

空間そのもののエネルギー密度がディゾナントを破壊のに

十分でないかぎり、ディゾナントは破壊できないのだ。

 

一方、SC空間内部であれば、ディゾナントを直接攻撃できる。

SC空間〜存在波が実在する存在となり、存在波を生み出す存在が

隠された波に変わる影の空間〜では、ディゾナントが実在であり

我々が通常実在として認識している物質が、影のような波となって

SC空間内を漂うのだ。

 

「…エンジンが４つある…うわぁ、３００ｍ級だね☆

　相手にとって不足なし、行くよ！」

 

P-108。イタリアが開発した４発重爆である。

量産が出来なかったこともありマイナーな存在である。

一体どこでこんなもののイデア情報を拾ってくるのか

霰には不思議で仕方がない。

 

「いずれジェット機とか来るのかな。けど、油断していいことにはならないよね」

 

その通り。

カレイドフェノムを噴火山のようにP-7に向かって打ち込んできてるのだ。

これを巧みな回避運動でかわしながら接近する。

 

「あー、射程は向こうの方が上なんだ、やっぱりなぁ。

　けど、そんなにでっかいディゾナントなら、機動力は落ちるでしょっ！」

 

直上方射撃…相手の上から急降下して相対速度を上げ、接近する。

至近距離でカレイドフェノムをたたき込み、コアブレインが

どこにあるかを探る。

 

「…まん中じゃなかったか。じゃあ…ここかな？」

 

一旦SC空間の端まで待避すると、もう一度高度をとりなおす、

それをみたのだろうか、相手も上昇を開始する。

 

「やった、ラッキー☆」

 

何がラッキーなのかって？

つまり、相手が上昇してくれれば、前方から接近することで

相対速度を上げられるということだ。

 

「コアブレインの位置は…っと、うわ、なにこれ」

 

P-7が首をひねる。手応えのある場所が２つあったのだ。

 

「翼が弱点ってことか。なら両方の翼を砕くまでっ！」

 

コアブレインの位置を知られたことを、巨大ディゾナントが

感知したかどうか、それはわからない。しかし、P-7のほうは

そんなことにはかまわず、そのまま至近距離を廻る。

 

「あちゃ、油断した」

 

何発かカレイドフェノムが命中する。

しかし、P-7のシールドを削りきるほどではない。

霰の方は、目一杯の出力で、みつけたコアブレインに

一撃を、いやさ、連続でカレイドフェノムをたたき込む。

 

「よし、片方撃破…と、なに？」

 

片方のコアブレインを撃破された巨大ディゾナントは

もう片方のコアブレインを巻き込んで連鎖的に崩壊していった。

 

「あはは〜巨大すぎてバランスがうまくとれなかったんだね。

　大出力にすればいいってものでもないことが、わからなかったんだ」

 

笑いながらP-7はSC空間を解除する。

 

「やっほー、立香、撃破したよ」

「さすが先輩ですね」

「SC空間内部で起きてることは、把握した？」

「概略は。けど、あんな至近距離で撃たれながら撃ち返して

　撃破なんて事は、先輩にしかできないですよ」

「うーん、そうかも。けど、SC空間に飲み込まれたヨーロッパを

　SC空間から取り戻すには、私やP-8だけじゃなくて、立香達の

　力が必要になるんだよ」

「わかってます。先輩と同じように、この空を守れないといけないんですよね」

「そういうことだよ。…『先生』が、立香達を飛ばせられるようになったらね」

 

その、立香達を飛ばせられるようになったら、が、もうすぐそこに

来ていることは、霰も立香も、まだ知らなかった。

 

 

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