「イプシロンユニット同期開始・・・」

「いよいよ突入だね、柊」

「そうだな、名城・・・けど、本当にこれで、SC空間の中に飛び込めるのかよ」

「………月の正位置、状況は移ろいやすいでしょうが、決して悪くはないでしょう………」

「先輩、先輩の教えてくださったとおりにがんばります」

「立香おねえちゃん、気合いを入れすぎない方がいいって

　お父さんが言ってるよ」

「あの中に入るのは、誰もやったことがないからな。

　行ってみなければ、何が起きるかわからん」

「何が起きるかわからないから楽しみなんでしょ。

　GoGoレッツゴー」

「……シルフィ……これは……遊びではないんですよ……」

「マナは堅すぎ。空間一番乗りの栄誉を楽しまなきゃ」

「…十夜くん。P-3の調子は?」

「…さあな、俺にもわからん。俺に出来ることは、P-3を信じることだけだ」

 

SC空間に飲み込まれたヨーロッパ。

その、ヨーロッパを、SC空間から解放するための第一歩たる

作戦が、今まさに行われようとしていた。

 

「世界の運命は私たち９人にゆだねられた、っていうと

　なんだかかっこいいですね」

「そうそう、まるで世界を救う勇者になったみたい」

「調子に乗らない方がいいぞ。実戦では、なんでもない瞬間が

　すぐに悲劇にかわることもあるんだからな」

「実戦をくぐってきた人は言うことがちがうねえ」

「柊ぃ、茶化すものじゃないわよ」

「名城はかたいなあ」

「SC空間同期完了。トーヤくん、みんな、中に入るよ」

「おお」

 

十夜の持つ、世界唯一現存する第三世代オーギュメント、Hory GrailことP-3が

SC空間への突入マシン、イプシロンを発動させた。

SC空間への突入なら、十夜達はなんども経験している。

SC空間での闘いなら、十夜達ぐらい実戦をくぐり抜けてきたものはないだろう。

にもかかわらず、今回の突入は、十夜達にとっても、まるで

始めてSC空間に入るときのような感じがした。

 

「なんか、異様に空間が歪んでる感じがするな」

「うん……あのSC空間は、出力が違うだけじゃなくて

　まるで人を拒むような感じがする」

「……カスミさんがそうおっしゃるのでしたら……おそらく……

　このSC空間は……通常の空間とは……異質なのでしょう……

　私も……この空間……には……なんだか、普通とは違う何かを……感じます……」

「けど、このSC空間も、発生させているコアを破壊することが出来れば

　撃破できるんでしょ。理屈の上ではかんたんかんたん」

「シルフィ……そもそも……コアがあるかどうかが……問題です……」

「マナ、それってどういう意味？」

「……そうか、わかったよ、みんな」

「由佳里ちゃん、どうしたの？」

「このSC空間が異質な理由がわかった。この空間……

　SC空間の中に入ったっていうより、むしろコアブレインの内部に

　私たちが入り込んだっていうのが正しいんだ。

　このSC空間全体が、一つのコアブレインなんだよ」

「なんだって。じゃあ、……俺達は、ヨーロッパを覆い尽くす

　巨大なコアブレインの中に、アブソートされちまったってことか？」

「なるほどな……けど、じゃあ飲み込まれた人たちは、どうなったんだろう？」

「そんな悠長な話をしてる暇はなさそうだぜ、お客さんの到来だ」

「Bf-109E、エミール。お約束な相手だな」

「けど、数が全然違う……１０、２０……数え切れないっ！」

「見えない敵を探すより、見える敵と戦う方が気が楽だ。

　カスミ、マナ、由佳里ちゃん、３人は、この空間を打破する方法を

　考えててほしい。壬生さん、シルフィ、立香はカスミ達の援護を。

　誠志郎、名城、俺に命を預けてくれ。やつらを、やっつけるぞ」

「うん、わかった、十夜君、気をつけて」

「……なんとか……感じ取ってみます……」

「うん、十夜お兄ちゃん、気をつけてね」

「由佳里には指一本ふれさせん」

「マナ、マナは私が守ってあげるからね」

「じゃ、私はカスミさんを守ります。……先輩のオリジナルは

　絶対に落とさせません」

「さすが十夜だ、話がわかる。……んじゃ、軽く運動といきますか」

「柊、油断しない」

「へいへい」

 

十夜達３人は、迫り来るディゾナント達のまん中へ飛び込んでいく。

接近するBf-109Eは、本来の大きさ〜つまり、１０ｍ程度の大きさ〜であった。

この程度の相手なら、以前に戦ったことがある。

普通にカレイドフェノムをたたき込めば撃破できるはずだ。

 

「？……なんだ、これは……」

「ディゾナントじゃなくて、普通の戦闘機みたいな反応だね、雲野」

「ああ、俺もそれは感じた。こいつら、この空間の中じゃ

　本物の戦闘機っていうことなのか？」

「本物だろうと偽物だろうと、撃墜しなければならん相手には違いない。

　全力で行くぜ」

「おお！」

 

F-15やユーロファイター相手に暴れ回った十夜達である。

ジェットですらない戦闘機相手に遅れをとるいわれはない。

５０機近い編隊を、十夜達はずたずたに切り裂いた。

妖精のように飛び回る十夜達を相手にするには、戦闘機は

あまりに鈍重に過ぎ、また、あまりに攻撃力が少なすぎた。

 

「これなら、普通のディゾナント達を相手にするほうが面倒だな」

「だが、このまま戦っていても、俺達の目的は達成されない」

「……カスミ達が、このSC空間の分離方法を見つけてくれないかぎり

　あたしたちが、この中に突入した目的は、達成されないもんね」

「……と、新しいお客さんだぜ。MS406か」

「バトル・オブ・フランスの立役者勢揃いだな」

「さすがに、イギリスを飲み込んでないから、ハリケーンや

　スピットは出てこないよね」

「さあな、・・けど、やることは決まっている」

 

十夜達は、再び、敵機の編隊の中へ飛び込んでいく。

 

「……十夜君……大丈夫かな？」

「……Wheel of Fortureの逆位置……私たちは、間違ったものを探しているようです……」

「間違ったもの?」

「……探すべきものは……恋人の正位置……愛?それとも……」

「絆？」

「……今まで侵入してきたディゾナントは、複合したコアブレインを持っていた。

　このSC空間自体が複合したコアブレインそのものだとしたら

　空間全体にコアが広がっていると言うことになる」

「ということは……コアブレイン内部のリンクを断ち切れば

　この空間自体が自己崩壊を起こすかも、しれない」

「だが、それをどうやって実現するかが問題だ」

「……どうやって……」

「……そうか、うん、わかった、イプシロンが答えなんだ」

「イプシロン？」

「十夜君、聞こえる？私と、由佳里ちゃんと、マナの３人で

　十夜君達を包むSC空間を、この中で発生させる。

　そしたら、十夜君はイプシロンを使って、私たちを

　このSC空間から排除して。

　そうすれば、私たちが確保したSC空間分だけ

　この世界をもぎ取ることが出来るはず！」

「……それで、上手く行くのか?」

「わからない、けど、試してみる価値はあるはず」

「わかった。……壬生さん、援護を頼む」

「心得た」

「雲野、気をつけてね。相手の攻撃から、完全に無防備になるはずだから」

「へ、たとえそうなっても、俺達が守ってやるよ、なあ名城」

「まあ、ね」

 

P-シリーズのオリジナルにして、始めて知られることになった

能力者、カスミ。某国で発見された第二の能力者を素に作られた

「完成されたディゾナント」マナ、そして、知られる限り

最強の能力者、由佳里。この３人が、波長を合わせて

SC空間の中に、もう一つ、別なSC空間を発生させる。

 

「……発生させるSC空間が、全体の世界に飲まれていきます……」

「マナお姉ちゃん、あきらめないで。この世界を信じて。

　普通にSC空間を作るんじゃなくて、この世界を……この大地を、

　海を、空を自分の中に受け入れるようにして。

　灰色に塗りつぶされた空間から自由になりたがっている

　この世界を愛して。……恋人達って、きっとそういう意味なんだよ」

「この世界を、愛する……」

「愛して、受け入れるんだよ。そうすれば、世界のほうが

　私たちに力を貸してくれるはず」

「……言うのはかんたんですが……行うのは……」

「こんな綺麗な世界だもの、受け入れるのは、かんたんな事だよ」

 

どんよりと曇った、灰色の世界の中に、透き通った青空が生まれた。

カスミ達を中心にした球の中から、陽の光が差し込んだかのごとく

光があふれ始める。

やがてその光は大地を照らし、海を輝かせ始める。

 

「………十夜おにいちゃん、今！この光の中にみんな入って。

　そうすれば、この世界を……今、私たちが照らしてる……

　ううん、私たちと一緒に輝いている、この世界を

　SC空間から救い出すことが出来るはず」

「よし、P-3,頼む、力を貸してくれ」

「うん、トーヤ君。イプシロン、出力全開！」

 

イプシロンが動作すると、十夜達を包み込んでいたSC空間から

９人は、はじきだされるようにして、外へと飛び出した。

カスミ達が、包み込んでいた世界と一緒に。

 

「……やった……のか？」

「……どうやら……実験は……成功のようです……」

「SC空間の広がりが、ぽっかりと穴があいたみたいに、抜け出てる」

「……けど、たった数キロしか、解放できてないみたい」

「カスミさん達ががんばっても、これが限度だとしたら

　ヨーロッパ全体を解放するのには、一体どれだけの時間がかかるのかな」

「立香お姉ちゃん。これは、小さな一歩だけど、巨大な前進なんだよ」

「ここには誰もいなかったようだが、それでも、我々は

　奴らから、世界を取り戻したんだ。……それがどんなに小さな世界でも」

「気が遠くなるほど手間なだけだよ。米粒を一粒ずつひろっていっても

　いつかは倉一杯になるだけ溜めることが出来るって」

「シルフィは楽天的だな。それが一体何百年後になることやら」

「やり方がわかれば、私たち以外にも、できるようになると思うの」

「そうだな、……とにかく、一歩は踏み出したんだから」

 

そう、この実験は、小さな一歩だった。

しかし、これは、大災厄以来拡大を続けていた

SC空間から、世界を取り戻した一歩だった。

 

この実験の成功によって、絶望ではなく、希望が

未来のために用意されたのである。

 

この実験で切り開かれた未来への道は、また別の物語である。

一直線ではない、だけれども、心に点した希望を決してあきらめない

新しい人たちを加えた……。

 

 

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