草木も眠る丑三つ時・・・というのは、午前二時であるが

　それからもう一時間過ぎ去った午前三時

　藍仙高校は、やはり、静かに寝静まっていた

 

　ここは、藍仙高校の保健室

　ベッドの上で静かに寝息を立てているのは、カスミと名城

　そのそばで、段ボールを敷いたで新聞紙をかぶって眠っているのが

　この学校の新任校医かなめさん

　しかし、新任校医とは世を忍ぶ仮の姿

　その実体は、多国籍大企業グループDICEの日本支部長

　園宗寺　要その人なのである

 

　確かに、誰もDICEの支部長ともあろう人物が、他のものを

　ベッドに寝かせつけた上で、自分は段ボールの上で眠っているとは思うまい

 

　さて、彼女たちが眠る場所から、カーテン一枚仕切られた向こう側では

　十夜と誠志郎と忍くんの３人が雑魚寝していた

　彼らは、一応布団にくるまって眠っている

　霧生は『園宗寺さんを段ボールに寝かせて俺が布団に寝るわけにはいきません』と

　かなめさんに具申していたが、結局はかなめさんの「作戦のうち」という

　セリフに引き下がったのである

 

　もっとも、段ボールと新聞紙なる寝方を吹き込んだ人物が誰か知っていれば

　そいつをぶん殴って布団に寝てもらったのだろうが・・・・

　・・・残念ながら、誠志郎がその人だと気づくような頭脳は

　彼に与えられてはいなかったのである

 

　さて、前置きはこれぐらいにして…

　午前三時、一人の人物が、静かに布団から抜け出す

　その人物は、そっと、物音を立てないように枕を抱え上げると

　抜き足、差し足でカーテンをくぐる

 

　カーテンの向こう側でも、誰も目を覚ましていないようである

　その人物は、誰も目を覚ましていないことを確認すると

　そっと、とある人物のそばに近づいて・・・・・

 

　ぼすっ！

 

　「きゃっ！」

 

　そのカスミの声で、一人を除いて全員目を覚ましたらしい

 

　「な、な、何事！」

　「敵か！」

　「落ち着け忍・・」

　『存在波を確認、ＳＣ空間を起動します』

 

　あわてた霧生がオーギュメントを起動する

 

　「よせ、忍！・・・しかし、誠志郎・・・

　　夜這いならもっと静かにやって欲しいものだな」

　「え？誠志郎くん・・・・そんなつもりで…」

 

　窓から差し込む月明かりで、部屋の中はほの明るいが

　カスミの表情までは見えない

　だが、その声の調子は、表情が見えない方がよいことを暗示していた

　十夜なら間違いなく度を失っていただろう

 

　だが、そんなことで動揺するようなら誠志郎ではない

 

　「おはよ、なあ、せっかくだから枕投げやろうぜ」

　「枕投げ？」

　「柊ぃ・・・あんた、わざわざそのためにあたし達を起こしたの？」

　「寝てたら出来るわけないじゃないか」

　「誠志郎、一つ聞いていいか？」

　「なんだい？園宗寺さん」

　「その・・・枕投げとは、なんだ？」

　「ま、枕投げを知らないのか？」

 

　園宗寺の質問は、誠志郎の理解できる範囲を超えていた

　およそ枕投げを知らない人間がいるとは思っていなかった

　ちょうど、高校球児が「野球とはなにか？」について知らない人間がいると

　思えないのと全く同じ意味で…

 

　「忍、おまえは枕投げについて知らないか？」

　「あ、あの・・・俺にもわかりません」

 

　確かにそうだろう、霧生の生きていた環境で、枕投げなどという

　遊びが存在するとは思えない

　眠れるときには、眠ることに専念する

　寸暇を惜しんで眠り、それによって必要なときには

　常にベストコンディションを維持できるものだけが生き残れる環境…

　霧生の辞書に、枕投げなる言葉があるわけはなかった

 

　「・・・・冗談だろ？」

　「別に冗談ではない」

　「なあ・・・カスミはわかるよな？」

　「うん、修学旅行で瞳さん達とやったから」

　「わざわざ夜中に起き出してまでやるようなことなのか？」

　「わざわざ夜中に起き出してやらなかったら枕投げにならないって」

　「それで、一体枕投げとはどのようなものなのだ？」

 

　ぼすっ

　「おっ」

　誠志郎が名城の投げた枕を胸で受け止める

　「だから、こうやって枕を投げるから遊びなんだよ」

　「そういうこと」

　誠志郎が名城に枕を投げ返す

　「そうそう、そういうことそういうこと」

　といいつつ、名城が誠志郎の方向いたまま、ぱっとカスミの方へ

　枕をぶつける

　「きゃっ、瞳さん・・・やったわねっ」

　「油断する方が悪いんだよ」

　「えいっ、えいっ」

　カスミが枕を両手に持って連続で枕を名城にぶつけてくる

　「秘剣、燕返しぃ」

　だが、名城は一つ目の枕を腕ではじき飛ばして二つ目の枕をキャッチする

　はじいた枕がそのまま誠志郎への攻撃になっているあたりただ者ではない

　なかなかに見事な反射神経だ

　「えへへ・・・枕投げの瞳ちゃんは伊達じゃないんだからね」

　「なんだよそりゃ」

　「小学校でも中学でも、高校の修学旅行でも

　　枕投げじゃあたしが一番だったんだから」

 

　自慢になるのかどうか、作者としてはノーコメントとさせていただく

 

　「ならこれはどうだ」

　誠志郎は大きく振りかぶると名城に向かって投げると見せかけて

　素早く園宗寺へと枕をたたきつけた

　反射的に園宗寺は枕を受け取る

 

　「それで・・・これをどうすればいいのだ？」

　「だから、俺達がやってるように誰かにぶつければいいんだよ」

　「ふむ・・・なるほど」

 

　ふわっ

 

　園宗寺の投げた枕が、緩やかな放物線を描いて誠志郎の方へと落ちてくる

 

　「園宗寺さん、もっとこういう具合に力一杯投げないと

　　枕投げにならないぜ」

 

　どすぅ

 

　「貴様ぁ」

　「ぼんやりしている方が悪い」

　「なんだとぉ」

 

　枕を持って殴りかかろうとする霧生

 

　「お、やるか？」

 

　おいおい、挑発してどうする、誠志郎…

 

　ぼすっ

 

　「こらっ、持ったままぶつけるのは反則だよっ！」

　「俺はまだやるとは言ってない！」

 

　一瞬、枕をぶつけられてひるんだ霧生だが、すぐに気を取り直して

　再び誠志郎に殴りかかる

 

　「まて忍、我々もやってみることにしよう」

　「し、しかし園宗寺さん・・・」

　「何事も、経験してみなければわからないことがある

　　それに・・・どうやら、普通の学生として、枕投げは知っているのが当然のようだ

　　これがわからないとなると、変装を見破られるかもしれん」

　「・・わかりました」

 

　そういうと、霧生は大きく振りかぶって枕を誠志郎に叩きつける

 

　「そうそう、その調子」

　誠志郎が素早く園宗寺の方へ枕を投げる

　「あぶない、園宗寺さん」

　霧生が見事な反射神経で園宗寺へ投げられた枕をブロックする

　「おいおい、それじゃ枕投げにならないぜ」

　「貴様、いい加減にしろ、俺がやること全部にけちをつけて・・」

　「あのね、忍くん・・・枕投げって、他の人から枕を投げてもらわないと

　　参加できないの」

　「・・・・・だが、枕をぶつける競技じゃないか

　　ぶつけられないように枕を投げるのが当然だ」

　「え〜と・・・・どういったらいいのかな？」

　「ま、やってりゃわかるさ」

　「そうかなぁ？」

　そういいつつ、しっかり枕をカスミにぶつけている名城であった

　「このっ」

　枕を名城に投げ返すカスミ

　「わっ」

　顔面で枕を受け止める名城

　「えいっ」

　その枕が今度は誠志郎へと投げられる

　受け止めた誠志郎がすぐに名城に投げ返す

　ここで炸裂する燕返し

　枕は方向を変じて霧生の方へと飛んでいく

　霧生が枕をそのまま受け取る

 

　・・・・・・・・

 

　「お〜い、投げてくれないと枕投げにならないぜ」

　・・・・・・・・

　「ちょっと、霧生、なにやってるのよ」

　・・・・・・・・

　「あの・・・忍く・・」

 

　ぶんっぶんっ

 

　二つの枕を一つの手に持って、手放すタイミングを変えることで

　枕を二つの目標へと投げる

　さらにもう一つの枕を時間差でたたき込む

　さすがにこういったことの飲み込みは早い

 

　「わっ」

　「きゃっ」

 

　二連発でたたき込まれた誠志郎と、不意打ちを受けた格好になった名城が

　まともに枕をぶつけられる

 

　「やったなぁ」

　名城の枕は、素早く霧生に投げ返される

 

　ぼすっ

 

　「このぉ」

　だが、名城が投げるタイミングにあわせて誠志郎が名城に投げつけていた

　名城の投げた枕は、再び園宗寺へと向けられる

　「あぶないっ」

　再びブロックに入る霧生

　だが、誠志郎はそれを待っていた

　同時に園宗寺へと枕が投げつけられる

　「しまった」

　さすがに今度はブロックしきれない・・・枕は園宗寺を直撃する

　「ふむ・・・これをぶつければよいのか」

　園宗寺は大きく振りかぶると、その枕を霧生めがけて力一杯投げつける

　「！？？？」

　「どうした忍、投げ返してこないのか？」

　「い、いえ・・しかし・・・」

　おずおずと、枕を差し出す霧生

　「忍・・私の言っている意味が、分からないか？」

　「・・・・・・・・・・・・・・」

 

　どうやら、全く分かっていないらしい

 

　「なるほど、奇妙な遊びだ・・・・

　　枕を投げるためには、枕を投げられなければならない

　　枕を投げられるためには、枕をいつもいつも受け止めずに

　　ぶつけられなければならない・・・」

 

　ぼす

 

　園宗寺の背後から、突然枕が襲いかかってくる

 

　「そういうこと」

 

　誠志郎が、カーテンの向こうから霧生の枕を取ってきて園宗寺にぶつけたようだ

 

　ノータイムで再び園宗寺が霧生に枕をぶつける

 

　霧生は、すこし、ためらい、そして・・・

 

　「すいません園宗寺さん」

 

　ぽんっ

 

　園宗寺の方へ、枕を投げた

 

　ぼすっ

 

　「謝ることはない」

 

　ぽすっ

 

　「・・・はいっ」

 

　ぼすぼすぼすぼす

 

　だからといって、いきなり四連打をたきつけるのか？霧生・・・

 

　「・・・やってくれたな」

 

　再び、園宗寺は霧生に投げ返す、と見せかけて誠志郎に枕を叩きつけ

　誠志郎はそれを今度はカスミと名城へ投げ、そして二人は……

　結局、彼らは月が日に取って代わられるまで枕投げに興じていた

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい

 

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