「こんにちは、初めまして、私、橘美亜子っていいます」
「こんにちは、僕は桃井恵です」
「壬生洋平、新宿外地会の管理人をやってる」
「よ、よろしく……」

ここは、新宿歌舞伎町にある、新宿外地会の事務所だ。
よくドラマであるような探偵事務所っぽい雰囲気が漂っている。
事務所に詰めている人たちはというと、堅気のおじさんというより
その筋の人たちといって紹介された方が納得いきそうな人たちばかりだ。

その元締めっていう、壬生さんも、ぶっきらぼうなのはともかく
どことなく陰のあるおじさんだ。
まあ、ああいう人たちをまとめていくだけの力量があるんだから
それなりに修羅場はくぐってるのかもしれないな。

そんなことを思う暇もなく、橘さんは壬生さんに質問を始めていた。

「それで、11人失踪事件のことなんですけど」
「ああ、藍仙高校で11人がいなくなった事件のことか」
「ええ、そうです。それで、オーギュメント使いの誰かが、11人失踪事件の犯人じゃないかって思って
　調査してるんです」
「オーギュメント使いのだれか、か。だがDICE製のオーギュメントはほぼ回収されてるはずだ。
　その可能性は低いだろう」
「ええ、それはアインハルト先生にも聞きました。だけど、オーギュメントをつかわないとすれば
　いったい誰がどんな手段で11人も行方不明にして、しかも手がかりなしにできるんです？」
「そんな事件なら珍しくもない。警察が動かないって事例もな。
　例のオウム事件は覚えてるだろう？　あれで何人が行方不明になった？」
「……それは……けど……」
「日本の警察はそんなに無能じゃないわよ」
「おっと、風間刑事のお出ましか。余計なことをいっちまったかな」
「余計なこととは思わないわ。それと、キミ達、また妙な事件に首を突っ込んでいるのね」
「妙な事件っていうか、どうして風間さんがこちらへ？」
「なぜって、あなたたちと同じ用件よ。あの11人失踪事件を、警察も調べてないわけじゃないの。
　ただ、犯人を刺激しないよう、水面下で捜査してるっていうだけのことね。
　その捜査線上に、オーギュメント使いのことが出てきてるのもあなたたちと同様よ」
「私たちが調査してることもわかってるんですか？」
「ふふ、あなたたちの後追いになったけど、空木教授から話は聞いたわ。オーギュメント、全く新しい原理に基づく
　従来の兵器を無力化できる可能性を秘めた夢の超兵器ね」
「そうですね。けど、今は実用品じゃないってアインハルト先生からは聞いてますよ」
「オーギュメント談義をしに来たわけでもないだろう。……俺のところに来たのは、俺に話があるからじゃなかったのか」
「ええ、そうよ」
「はい。犯人を見つけ出した後のことについてなんです。犯人の目星がついた後、僕らでは手出しできない可能性が高いですから」
「警察でも、オーギュメント使いが相手では対処できない可能性が高いわ。それに、普通の大学生を危険にさらすこともできない」
「その点、外地会所属の俺なら大丈夫、というわけか」
「ええ、危険な仕事なのは承知の上で、依頼することができるでしょう」
「橘さん、犯人の目星がついた後は、やっぱり警察に任せるしかないんですし、ここは素直に風間さんの言うとおりにしておきましょうよ」
「……そうね。けど、警察はどこまで犯人の目星がついてるのかしら。オーギュメント使いが犯人ってことまでわかってるのなら
　犯人像についても、だいたい見当がついてるんじゃないの？　だからわざわざ外地会まで来て、壬生さんの助力を求めてる、と」
「だったらいいんだけど。あなたたちに弱音を吐いてもしかたないのはわかってるわ。だけど、犯人は完璧に近いぐらいに
　証拠を消してるわね。被害者の足取りは、ある一定の時刻を境に完全に消えてしまってるの。犯行が行われた場所も不明、
　犯行の動機はもちろん不明、犯行の道具も不明なら逃走経路とかも不明。犯人は車を一台丸ごと消し去るなんて芸当までやってるぐらいよ。
　相手が魔法使いだなんて言い出すんでなければ、本当に犯人像がつかめないわ」
「犯人が組織だっていう可能性もありますよね。どこかの秘密機関が拉致したとか」
「その可能性もあるわね。けど、オーギュメント使いが消し去ったっていうよりもっとありそうもない話よ。
　あの11人を拉致するほどの動機が、いったいどんな組織にあるというのかしら」
「オーギュメント使いにだって、11人を消し去るほどの動機があるとはとても思えませんよ」
「そうね、桃井君。だけど、11人はいなくなってしまったのよ」
「あーもう。動機なんて他人から見ればじつにつまんないことかもしれないじゃない。
　あの連中に恨みを持ってる人は少なくなかったんだから、それで自殺した子だっているかもしれないし
　その復讐に動いた人だっているかもしれないでしょ」
「オーギュメント使いで？」
「……それが問題なのよねぇ。オーギュメント使いって、あの高校にいたっけ。
　量産型オーギュメントはまだできてないし」
「やっぱり、行き詰まりね。けど、何かあったときには、協力してくれるかしら、壬生さん」
「ああ、協力はしよう」
「ありがとう、私の用件はそれだけよ、じゃあ、あなたたちもあまり危ないことには首をつっこまないようにね」
「……」
「どうしたの、恵くん」
「いえ、確か、アインハルト先生は、SC空間を作って見せてくれたな、って思い出したんです」
「そういえばそうだったわね。けど、アインハルト先生に11人も失踪させる動機なんてあるかしらね」
「そうですよね……一度、かえって状況を整理してみましょうか」
「その方がいいみたいね」

僕らは、本当の意味で、危険地帯へと足を踏み入れようとしていた。
まだ、僕らは、それに気づくことはなかった。

 

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