僕らは、取り調べのあと、此花学園にある新聞部の部室へと戻っていた。
僕はこの部屋しか戻る場所がないし、橘さんは、この部屋を居間同然に使っている。
ここは、僕の居住スペースのはずなんだけどな。

「はあ。なんだかいろいろあって疲れちゃったわね」
「そうですね、橘さん」
「警察も、私たち同様に調査してるっていうのは驚いたわ。忍さんが被害者の家族と接触してるっていうのも調べてたのね」
「そうみたいですね」

とんとん。

「あいてるわよ」

いや、橘さん、だからここは僕の部屋なんですから。

「失礼するわ」

「忍さん、どうしたの、しおらしい顔をして、何か悪いことでもあったの？」
「……ごめんなさい。なんだか、私のせいで、とんでもないことにあなたたちを巻き込んだようね」
「忍の責任じゃないよ。何かわかったら連絡するようにって頼まれてたんだろう。
　その連絡の結果、あんなことをしでかすなんて、想像しておくのなんて、無理だよ」
「……ありがとう、そういってくれると助かるわ」
「あの親にしてこの子あり、だったのかもしれないわね」
「橘さん、どういうことなんですか？」
「言葉通りの意味よ。もしかしたら、失踪した少年……不良グループのリーダーも、あんな風に
　切れやすいタイプだったのかもしれない、って思ったの。
　短絡的に殺しちゃったのかもね。郷くんを」
「その可能性はありますね、ですけど、真相はわかりませんよ。本人を発見でもしないかぎり」
「その本人がどこに行ったかしっていそうな唯一の人物……霰さんは、あの調子だしね」
「霰さんが犯人だと、桃井くんは今でも思ってるの」
「動機と能力、状況証拠だけで犯人を決めていいのなら、彼女しか犯人がいないと思ってる。
　直接的な証拠は何もないから、決めつけるわけにはいかないんだけどね」
「直接的な証拠は、いくら探しても出てこないかもしれないわね。犯行現場がわからないもの。
　第2の事件はたしかに起きたわ。銃をわざと暴発させて人を殺した。本人は正当防衛を主張してるけど
　警察は過剰防衛かもって思ってる。だけど、そもそもどうやって銃を暴発させたのか、その方法は
　誰にもわからない。警察にだってわからないはずよ」
「……どうして、霰さんは、SC空間を展開しなかったのかしら？」
「……！言われてみればその通りだ、僕らはSC空間で被害者を消したと思ってる。
　だけど、霰さんは、SC空間を展開せずに殺して、その後僕らに逃げようって言ったんだ。
　SC空間で証拠を消そうとはしなかった。なぜ？」
「なぜって……それはだね、ワトソン君。SC空間で証拠を消すところを私たちに見せたくなかったからじゃないかしら」
「SC空間に僕たちを取り込んでしまえば、証拠を消すところなんて僕らにだって見えませんよ。
　それじゃ説明にならない」
「だけど、SC空間を発生させることもできるし、消すこともできるはずだわ、完成されたディゾナントには」
「それはそうね。……ならどうして？」
「理由はわからない。だけど、彼女はそうはしなかった。……だとすると、11人失踪事件についても、見直す必要があるかもしれない」
「どういうこと、恵くん」
「11人失踪事件は、2段階の事件かもしれないっていうことです。まず、11人が殺害され、それから、SC空間で消去された。
　もしそうなら、殺害の証拠が犯行現場にまだ残ってるかもしれない」
「そうね、もし、犯行現場が特定できさえすれば」
「犯行現場の特定が難しいわね……」
「どこが犯行現場か、山をかけてみる？」
「うーん、山をかけるといっても、……」
「普段、彼らが集まっていた場所なら、被害者の家族から聞いて知ってるわよ」
「そうなんだ、忍、じゃあ、明日、そこへ案内してよ」
「いいわよ、じゃあ、また明日ね」

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翌日の放課後、僕らは、11人がよく集っていたという公園へと向かった。
その公園は、雑木林に道路がある、なんの変哲もない公園だった。
遊具らしいものもなんにもないが、ベンチはある。桜の木が植わってるから
花見はできるだろうな。

「恵くん、それで、ここで何を調べるの？」
「何っていわれても……」
「ふふ、調べても何もみつかりませんよ」
「どなたです？」

声を掛けてきたのは、P-7そっくりな人。
だけど、P-7と違って、大人びた落ち着きを感じる。
いったい誰なんだろう。

「何を探してるか、わかるんですか？」
「ええ、あなた方のことについては、P-7から聞いてます。
　11人失踪事件について、調べているそうですね」
「ええ、そうです。あなたはそれについて何か知ってるんですか？」
「ある程度のことなら知ってます」
「その前に、あなたは誰なんですか？」
「私ですか、私はP-6、P-7の姉妹になります」
「私は、橘美亜子、此花学園の2年生、新聞部の部長です」
「僕は桃井恵、新聞部の部員、此花学園の2年です」
「私は桜田忍、推理探偵同好会会長、此花学園の2年生」
「ええ、よく存じております。自己紹介も終わったことですし、すこし、お話でもいたしましょう」
「そうですね、どうして、調べても何もみつからないって、わかるんですか？」
「証拠は私がすべて消しましたから」
「あなたが証拠を消したんですか」
「ええ、証拠隠滅罪になるでしょうね。犯人隠匿にもなるかもしれませんね」
「犯人が誰かも、わかってるんですね」
「ええ」
「それは誰なんですか？」
「それは私の口からは」
「……P-7さんなんですか」
「今はノーコメントです、ですけれど、私の質問にも答えてもらえませんか？」
「なんでしょう？」
「あなた方は、あの子をどうするつもりなんですか？」
「どうするって……」
「私はただ、真実を明らかにしたいだけです。その先は警察の仕事だと思ってます」
「橘さんはそうなのね。桜田さんはどうかしら」
「私は……どうしたらいいのかわからなくなりました。家族の人から、真相を教えてほしい、って頼まれて
　そのお手伝いをしてるつもりだったんですけど、その家族の人が、桃井くん達を巻き込むような銃撃事件を
　引き起こしてしまって……」
「桃井くんは？」
「やっぱり、日本で暮らすつもりなら、日本のルールを守るべきだと思うんですよ、P-7さんも。
　その方がP-7さんのためにもなると思うんです」
「まだ、3人とも、あのこのことを知らなさすぎるのね。あの子が、日々何と戦ってるか、わかってない」
「どういうことなんです？」
「あの子は、純粋な戦闘機械として生まれてきたんです。その意味がわかるかしら」
「純粋な戦闘機械って……完成されたディゾナントなのは知ってますけど、戦闘機械って、どういうことなんですか？」
「あの子だけなんです。純粋な戦闘機械として生まれてきたP-シリーズは。ほかのP-シリーズは、私も含めて
　人間性を優先して生まれてきてます。だから、殺人や暴力にたいする衝動を抑えることは、特に苦労する必要もありません。
　あなた方だって、怒りや憎しみを抱いても、暴力や殺人に即訴えることを押さえることは、そんなに苦労することではないでしょう？
　特に、殺さないことは、そんなに難しいことではないはずです。
　だけど、あの子は別、怒りや憎しみを抱かなくても、単に敵として認識しただけで、相手を排除する、殺すこと、それが任務として
　生まれてきたんです。だから、それをしないことに努力が必要なの。あなたたちが、日々ライバルとして感じる相手、怒りを感じる相手
　単にうっとうしいと感じる相手、そんな相手を殺さないことに努力が必要だとしたら、どれだけのストレスになるか考えてみてほしいわ。
　そのストレスを、あの子は日々感じてる。まず、それを理解して、その上で、あの子のことを判断してあげて」
「それで……それで、簡単に人を殺してしまうっていうんですか」
「あの子は、今、人を殺すことの本当の意味を学んでる最中なんです。人を殺すことの意味、命の重みの意味を。
　あの子はまだ、幼児なんです。機関銃を持って生まれた……」
「だからといって、この事件を見逃せっていうんですか」
「見逃しせ、とは言ってませんよ。ただ、理解してほしいんです。あの子の立場に立って、ものを見た上で、その上で自分の判断をしてほしい。
　私はそう思ってます」
「身勝手な言い分ね。被害者の立場に立っても、同じことがいえるのかしら」
「あの子は、あの子なりにフェアな戦いしかしませんよ。それは保証します」
「どういうこと？」
「あの子の戦い方には、美学があるんです。その美学から外れた戦い方はしないんです」
「それも身勝手じゃないかしら」
「そうかもしれませんね。では、どうしてもあの子を警察に突き出すというのかしら」
「……そうだとしたら、こんどは僕ら3人が失踪しかねないですね」
「……私も、あまり信用されてないみたいですね」
「恵くんは、P-6さんを、そういうふうに見てるんだ」
「黙って帰してくれるとも、思えないですから」
「いずれにせよ、証拠はないんですよ」
「そうですね……ここが犯行現場だという証拠すらない」
「……それで、真相は教えてもらえないんですか？」
「それを知ってどうするのかしら、橘さん」
「ジャーナリスト魂ですよ。P-6さん」
「あなたはぶれないのね、橘さん。だけど、真相といっても大したことではないわ。
　詳しいことはP-7から聞けばわかるはずよ」
「やっぱり、P-7さんが犯人なんですか」
「さあ、どうかしらね、重要参考人なのはたしかね」
「……それで、また新たな犠牲が出ることになるのかしら」
「どうかしら、警察が無理に逮捕しようとすれば、どうなるかは私も保証できかねるわ」
「P-7さんの戦闘力って、どのくらいなんです？」
「在来兵器相手なら無敵、を目標にしてたぐらい、ね」
「在来兵器相手には無敵ですか……」
「驚くことではないでしょう」
「本人が、自分から日本の法律に従う気には、なってくれませんかね」
「日本の法律に従えば、無期懲役間違いなしね。従う気にはならないと思うわ」
「……P-6さんは、それを見過ごすんですか」
「あの子の精神年齢は、まだ6才児以下といっていいのよ。それを考えると、高校生としてさばく気にはなれないわ」
「……そうですか」
「あの子のことは、私たちがちゃんと責任を持ちます。だから、そっとしておいてほしいの」
「……」
「それを言うために、ここで僕たちを待っていたんですか」
「そうね」
「わかりました、考えてみます」
「ありがとうございました、P-6さん」
「失礼します、P-6さん」

僕らは、公園を後にした。
口の中が苦い。P-７さんは、たしかに11人失踪事件の犯人だった。
だけど、それを見逃すようにとP-6さんは言う。彼女は6歳児なみの精神年齢の戦闘機械だからだと。
しかし、それがユルされることなのだろうか。いや、それがゆるされてよいことなのだろうか。
だけど、それを許さないことが、僕たちにできることなのだろうか。
……僕らは、無力な存在だった。

 

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